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zoom RSS 『猫を抱いて象と泳ぐ』/小川洋子 ◎

<<   作成日時 : 2009/02/12 22:22   >>

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チェス盤の下にもぐりこんで、相手の駒を置く音で位置を判断し、自分の駒を進める、独自のスタイルを貫いた、リトル・アリョーヒン。
彼の数奇な人生が、美しいチェスの棋譜にも似た、優しく輝かしいファンタジーで描かれている。
小川洋子さんは、こういったファンタジー系が好きです、私。

『猫を抱いて象と泳ぐ』という、不思議なタイトル。リトル・アリョーヒンにとって、猫も象もチェスの象徴であり、泳ぐのは広大な宇宙の高みまで届く、チェスの海。大きくなることに怖れを持ち、11歳の体のまま成長することなく、チェス人形の仕掛けの下でチェスを指す。相手の戦い方に合わせた、美しいチェスを。

のちに「リトル・アリョーヒン」と呼ばれることになる少年は、唇がくっついた状態で生まれ、手術でそれを開かれた。一番のお気に入りは、デパートの屋上の象の檻の前。育ち過ぎて降りられなくなり、死亡するまで屋上にいたという象・インディラを想う時が、彼の好きな時間だった。
そんなある日知り合った、回送バスの住人である巨体の持ち主は、彼にチェスを教える。素質のあった彼は、マスターの「慌てるな、坊や」に支えられ、美しいチェスを指すようになる。そしてマスターの飼い猫・ポーンを抱いてチェステーブルに潜るスタイルを身につける。
太り過ぎて心臓発作を起こしたマスターは死亡し、それから少年は「大きくなること」に多大な怖れを抱き、ついに成長を停める。そしてマスターの形見のチェステーブルを加工した、チェスのからくり人形の中に入って、チェスを指すことになる。チェス人形は「盤上の詩人」と謳われたグランドマスター・アリョーヒンに似せて作られ、「リトル・アリョーヒン」と呼ばれて、秘密のチェス倶楽部に。そこで出会った手品師の娘・ミイラ。彼女は肩に鳩をのせ、リトル・アリョーヒンの介助と棋譜の記録をする。
倶楽部の余興「人間チェス」で傷ついたミイラに謝るすべを持たなかったリトル・アリョーヒンは、人形と共に老人専用マンション・エチュードへと住処を移す。そこでチェス好きの老人たちと密やかにチェスをして暮らす。
時折、ミイラとチェスの手だけを書いた手紙をやりとりし、美しい棋譜を描きながら、相手にあった共鳴し合うかのようなチェスを指しながら、穏やかな日々を送っていたリトル・アリョーヒン。
そして、チェス人形の中で息を引き取った彼。彼の残した棋譜の1枚は、チェス博物館に展示されている。

あらすじを書くと、味気なくなってしまうなぁ。
私はチェスも将棋も嗜まず、ルールも分からない。それでも、強さだけを主張するのではなく、相手のやり方に共鳴してお互いに高みへと昇ろうとするチェスの戦いの美しさは、理解できる。そして、純粋にその美しさを求めてチェスを指し続けた、小さな体のリトル・アリョーヒンの儚い数奇な人生に、透明な美しさを感じる。

唇を閉じたまま生まれ、沈黙を愛し、言葉ではなくチェスで語り合い、心を通わせ合う。
大きくなり屋上から下りられなくなったインディラ、太りすぎたマスター、壁に挟まれて出られなくなったミイラ、それぞれのイメージが、リトル・アリョーヒンを苛み、彼は成長することを手放す。
静かな、閉塞感。小さなチェステーブルの下に、生きる道を見つけたリトル・アリョーヒン。そこに、密やかで深く、心地よいつながりが生じるように感じた。

猫のポーン、昔は象をかたどっていたビショップ、老令嬢が操るルーク、果敢に駆け巡るナイト、様々なイメージが白と黒の盤上を彩り、広く深いチェスの海を泳いでいく競技者たちのイメージが広がってゆく。そんな中でも、リトル・アリョーヒンの産毛の生えた唇や、ミイラの薄い体と白い鳩など、儚い印象でありながら、ひそかに存在を際立たせていた。

静かに、チェスの海に沈み、自由に泳ぎ回りながら、美しい軌跡を残す。
チェスに一生を捧げ、チェスを指す相手を心から愛し、「盤下の詩人」であった、リトル・アリョーヒン。彼の物語は、とても静かで、美しかった。

(2009.02.12 読了)

猫を抱いて象と泳ぐ
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著者:小川洋子出版社:文藝春秋サイズ:単行本ページ数:359p発行年月:2009年01月この著者の新


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「猫を抱いて象と泳ぐ」 小川洋子
新しい年が始まったばかりの最初の月にこんな本に巡り会えるなんて!読みながらひたひたと、読み終わってせつせつと、静謐な美しさを持った愛おしい物語が心の内でたゆとうている。静かに熱してくる感情の昂ぶりを抑えつつ、リトル・アリョーヒンの軌跡をともに歩み、彼が盤下で創り続けた棋譜の深く美しい旋律に傾聴し、グロテステクでせつなく哀しい世界の果てで涙したこの物語を思い返してみる。 伝説のチェスプレイヤー、リトル・アリョーヒンの密やかな奇跡。触れ合うことも、語り合うことさえできないのに… ...続きを見る
コンパス・ローズ  compass ro...
2009/02/13 20:57
「猫を抱いて象と泳ぐ」 小川洋子
猫を抱いて象と泳ぐ小川 洋子文藝春秋 2009-01-09売り上げランキング : 69Amazonで詳しく見る by G-Tools 内容説明 廃バスに住む巨漢のマスターに手ほどきを受け、チェスの大海原に乗り出した孤独な少年。彼の棋譜は詩のように美しいが、その姿を見た者はいない。なぜなら…。天才チェスプレーヤーの奇跡の物語。『文學界』連載を単行本化。 ...続きを見る
今日何読んだ?どうだった??
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「猫を抱いて象と泳ぐ」静かで熱い唯一の物語を読む幸せ
「猫を抱いて象と泳ぐ」★★★★★満点! 小川洋子著 ...続きを見る
soramove
2009/05/05 11:58
「猫を抱いて象と泳ぐ」小川洋子
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本のある生活
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猫を抱いて象と泳ぐ<小川洋子>−(本:2009年読了)−
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デコ親父はいつも減量中
2009/10/17 00:55
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まったり読書日記
2009/12/29 22:08
小川洋子『猫を抱いて象と泳ぐ』
猫を抱いて象と泳ぐ小川 洋子文藝春秋このアイテムの詳細を見る ...続きを見る
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2010/07/04 23:32
猫を抱いて象と泳ぐ / 小川洋子
チェスのルールなんて全く知らないんだけど〜、と思って読み始めたけれど、止めることができないぐらいぐいぐいと引き込まれた。でも、なぜか急いで読むのはもったいない。時間がとまりそうなほど美しく、行間の余韻も味わいたいほど素敵な話だった。 ...続きを見る
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「猫を抱いて象と泳ぐ」小川洋子
「猫を抱いて象と泳ぐ」は、幻のチェスプレーヤーが描かれた作品。 本屋大賞2010年の第5位。小川洋子の作品を初めて読む。    猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫) (文庫) / 小川洋子/著価格:620円(税込、送料別) 後に「リトル・アリョーヒン」と呼ばれることになる… ...続きを見る
りゅうちゃん別館
2011/07/06 10:49

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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
水無月・Rさん、こんばんは♪
タイトルも不思議でストーリーもどこかファンタジーのよう、小川さんの描くチェスの海は静謐で美しかった。ため息。
いま思い返しても胸がいっぱいになります。
雪芽
2009/02/13 21:05
雪芽さん、ありがとうございます(^^)。
静かにきらめく物語が、とても心地よかったですね。
美しく、哀しく、静かで、鋭利だけれど優しい。色々なイメージが行き交いました。
水無月・R
2009/02/13 22:59
水無月・Rさんこんばんは♪
上のあらすじを読んで、またひとしきりあの世界に飛んでいたわたしです。すてきな読書時間でした…こういう出会いがあるから読書はやめられませんね。よく何かに影響されてしまうわたしですが、今回はチェスをしてみたくなったわけではなく、夢のように美しい棋譜を織りなす試合を見てみたくなりました^^
麻巳美
2009/02/25 22:38
麻巳美さん、ありがとうございます(^^)。
本当に、とてもいい物語でしたね。
優しく、穏やかで、暖かい。こういう物語に出会えることが、読書の喜びですよね♪
水無月・R
2009/02/25 23:10
私も小川さんは、こういうファンタジー系が好きです。
静かで美しくて悲しいのにあたたかい・・。どんなに言葉を尽くしてもこの物語を言い表すことができないのがもどかしいです。
june
2009/08/24 18:59
juneさん、ありがとうございます(^^)。
本当に、美しくて、胸が苦しくなるような、でも暖かい気持ちになる、素晴らしい物語でした。
小川さんて・・・、ホントにすごいですよねぇ。
ため息が、出ます。
水無月・R
2009/08/24 22:08
本当にため息がでちゃうほど素晴らしい世界でした
チェスにはまったく興味がなかったのに、その奥深い世界に魅了され、リトル・アリョーヒンが愛おしくなり。
よく分からなかったタイトルも読み終えてみれば、とっともしっくりタイトルでした
エビノート
2009/12/29 22:13
エビノートさん、ありがとうございます(^^)。
美しくて、静かで、切ないけれど温かい・・・。
どう表現していいのかわからないほど、奥深い、とても素晴らしい物語でしたね。
実はこの作品、私の2009年のベスト3に入りました!
タイトルからストーリー展開、設定、すべてが素敵でした・・・!
水無月・R
2009/12/29 22:19
ほんとうに素敵なお話でしたね。もう本そのものが愛おしくなるような、行間までも好きという1冊になりました。
水無月・Rさんの2009年のベスト3に入った本だったのですね。
もっと早く読めば良かった…とちょっと後悔しました。
たかこ
2010/07/10 16:01
たかこさん、ありがとうございます(^^)。
本当に美しい物語でした。
チェスは知らなくても、リトル・アリョーヒンと一緒に美しい小宇宙を泳いだような、清々しい気持ちになりましたね。
水無月・R
2010/07/10 22:38

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