蒼のほとりで書に溺れ。

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zoom RSS 『f植物園の巣穴』/梨木香歩 ◎

<<   作成日時 : 2009/06/10 21:32   >>

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この心地よいまでの、心もとなさ。
何かがおかしいと思いつつ、どこからどうズレてしまったか分からない、現実と幻想の合間を漂いゆくかのような、浮遊感。
やっぱりイイですねぇ〜、梨木香歩さん。
f郷にある植物園に勤める男が、ある日ふと、違和感に気付く。
そこから『f植物園の巣穴』という、不可思議な物語が始まる。
ううむ・・・今回も、まともなことが書けそうにない。多分、感傷的なことを書き散らして終わりそうだ(笑)。

現実と少しだけズレているような世界や、過去の想い出の中を行きつ戻りつしながら、主人公・私は何とかして「現実」へ戻ろうとするのだが・・・。
元をただせば、職場の「f植物園」にある、椋の木の大きなうろに落ちたところから始まったようだ・・・。あの後、うろから脱出した記憶がないにもかかわらず、私は生活を続けている。しかも、どうやらその辺りから、おかしなことが続く。
私の子供時代のねえやと同じ名前であった妻は、若くして急逝している。その名前は「千代」という。
「私」本人が、夢の中と認識していない時も、歯医者の家内が犬になったり、大家が鶏頭に見えたり、勤め先の植物園を徘徊する神主が怪しかったり、絶対的に、何かがおかしい。

自分は夢を見ているのだろう、目覚めねば・・・と思いながら、目覚められないまま過ごすうち、いつの間にか体が少年になってしまった私は、水に落ちてしまう。そこで不思議な生き物「カエル小僧」と出会い、記憶をたどるかのような「千代を探す」旅に出る。その旅で次々と明らかになる、私の記憶認識のすり替えと真実。「坊」と名付けた「カエル小僧」の成長と真の姿。「道彦」との別れ。
・・・そして、目覚め。目の前にいたのは「美代」と改名した妻、「千代」であった。

「私」こと佐田豊彦は、きっと感情を表に出せない、昔気質の男だったのだろう。だが、心のどこかにねえやの死や妻の流産が引っ掛かって、苦い痛みを抱えていたのだと思う。それが、木のうろに落ちるという衝撃で悔恨が流れ出し、昏倒している間に、夢の世界を旅し続けることになったのだろう。
流産を嘆く妻を励ましてやれなかった自分を悔いるあまり、彼女を死んだものとして記憶違いをする。
それは、自分のために死んだねえやの事実を、どこかですり替えたのと似ている。悔やむ心が強すぎて、なかったことにしたかった・・・のであって、薄情なのではない、と思う。

実際、落下の衝撃から目覚めた後、千代(美代から名前を戻した妻)が言うには別人のようになったという。きっとそんな私だからこそ、「巣穴」に千代の懐妊を報告しようと思うのだろう。
かの夫婦は、幸せに暮らしてゆくことだろう。「巣穴」は「道彦」などという、面倒くさい解釈はいらない。「巣穴」は彼らを見守るもの、なのだと思う。

乱れ重なり、ズレたり誤認識したり、そんな世界が広がり、生き物のように脈打ちながら、人を包み込む。すべては幻想の中だが、その世界を彷徨ったからこそ、佐田豊彦は妻に寄り添える人間へと変わったのだと思う。
ファンタジーですね。「ひと」の心の曖昧さと、美しさが丁寧に描かれていて、とても心地よかった。
植物の描写も美しい。さすが梨木さんです。

ただ、とりあえず大家が鶏頭に見えたり、歯医者の奥さんが犬に見えたりしたら、色々疑った方がイイと思いましたが(笑)。

様々な暗喩や、「カエル小僧」=蛭子(ひるこ:日本神話でイザナギ・イザナミが産んだ異形の神子)のイメージや、
何層も重なったうえに、あちこちが溶けて混ざり合っているかのような、重複する世界みたいなものが、何というかこう・・・非常に複雑で、この作品を好む人は、結構キッパリ分かれそうな気がしますね。
私は、こういうのは好きですね。混沌、悔恨、再生、そして美しい描写。表現力豊かな文章に、酔い痴れました。

(2009.06.08 読了)

f植物園の巣穴
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著者:梨木香歩出版社:朝日新聞出版サイズ:単行本ページ数:193p発行年月:2009年05月この著者


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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
なんとも言えない心地よさでしたね。うっとりこの世界に入り込んでしまいました。
梨木さんの、この世と異界と、現在と過去とが交じり合う不思議な空間、それを表現する文章、素敵すぎて言葉にできません〜。
たかこ
2009/11/03 14:51
たかこさん、ありがとうございます(^^)。
現実と幻想が行き交い、混じり合って重なって・・・という美しい世界でしたね。
梨木さんがこういう幻想的な情景を描くと、本当にうっとりして、ほぅ〜っとため息が出ますよね。
すばらしい・・・!です。
水無月・R
2009/11/03 22:57
こんばんわ^^
カキコありがとうございました。
始めは入り込むのに時間がかかってしまったのですが、段々引き込まれていきました。
梨木作品独特の世界観を堪能しました。
美しいですよね。
最後は切なくて温かくて。いいラストでした。
苗坊
2009/11/03 23:22
苗坊さん、ありがとうございます(^^)。
梨木さん独特の、幻想的な世界が、入りづらい面もあるかもしれないですね。
でも、だんだん不思議で妖しくて、美しい描写に心を奪われます。

すみません、TBチャレンジしてるのですが、ライブドアさんウェブリブログの相性があんまり良くないみたいなんですよね・・・<m(__)m>
水無月・R
2009/11/04 00:03
水無月・Rさん、こんばんわ。
>。「ひと」の心の曖昧さと、美しさが丁寧に描かれていて、とても心地よかった。
そう!それです。この小説を読んで感じた気持はまさにそれでした。(自分ではどうにもうまく表せなくて・・)
そして「カエル小僧」=蛭子というの、目からウロコでした。そうだったんだー。暗喩とかあまり考えずに読んでしまったので、この作品のすごさをあまり理解できてなかった気がします。もったいないことをしました・・。
june
2010/03/02 20:35
juneさん、ありがとうございます(^^)。
梨木さんの文章は、本当に美しいですよね〜。
その美しい文章に浸れる私たち読者は、幸せ者だと思います♪
あ・・いえ、「カエル小僧」=蛭子というのは、私の勝手なイメージです・・・。梨木さんの意図するところではなかったかもしれませんよ(^_^;)。
水無月・R
2010/03/02 22:54
お久しぶりです^^
美しい物語でしたね。
そうか。蛭子だと思うと、なぜにカエルだったのかが、さらに象徴されてきますね。最初の子どもで、流産の印象とも重なりますもの。なるほどぉ。
巣穴は、心の奥底の無意識の暗がりとも、黄泉津平坂への入り口とも、思いました。

クロ=千代だとわかったところや、カエル小僧が名前に感謝する場面など、最初の不可思議な違和感だらけの世界が、急速にぐいぐいと流れて、感情をゆさぶってくる感じがして、後半は息を飲んだり、涙を流したり。閉じた時には、ぼんやりとしてしまいました。
香桑
2016/11/14 11:16
香桑さん、ありがとうございます(^^)。
ゆらゆらと、とりとめもなく流れる物語が不安をそそるのですが、いつの間にか様々なイメージが流れ集まって、一つの形になっていく、その美しい過程が、本当に素晴らしかったですね。
大好きな作品です。
水無月・R
2016/11/14 22:10

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