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zoom RSS 『冥談』/京極夏彦 ○

<<   作成日時 : 2010/10/25 22:46   >>

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いやぁ・・・本作『冥談』も投げっぱなしですなぁ、京極夏彦さん(笑)。
『幽談』のときも、「うわ、オチがない・・・」って言ってたと思うんですが、とにかく、イキナリ話が終わってしまって、その居心地の悪さったら、ねぇ・・・。

最初の方は「うっわ〜、来たよ来たよ、京極さんのオチなしホラー!」と、喜んでたんですけど、ちょっと食傷しちゃいました(笑)。
登場人物が延々と独白するだけの物語展開に、飽きちゃったというか・・・(^_^;)。

面白いか面白くないかというと、面白くない・・・んだと思う。
怖いか怖くないかというと、怖くない・・・んだと思う。
ただ、8編の物語がひたすら〈生と死〉〈彼岸と此岸〉の境界を、そして様々な「ヒトが現実に生きるために明確に在ったはずの境目」を曖昧にして、読者の存在感すら危ぶませるような、そんなチカラを持っているような気がする。
怖ろしくは、ない。だが・・・私は、ここで意気揚々と語っている私は、〈生きて〉いるのか?
ふと、不安になる・・・。

「庭のある家」
旧友を訪ねた家で、死人であるはずの彼の妹と会う。誰が、死んでいるのだ。
「冬」
冬は畳の香り。あの穴の向こうに、成長しない少女がいる。
「風の橋」
私は、劫之浜の橋を渡って、死者の言葉を聞いたことがある。
「遠野物語より」
山人は怖ろしい。遠野へ行きたいと思う。
「柿」
柿の木のてっぺんに、落ちない大きな柿の実がある。あれは・・・?
「空き地のおんな」
見るな・・・!どうせ私はつまらない女だとも!・・・空き地のおんなが、私を、ただ、・・・見ている。
「予感」
死んだ家に住んでいるのだ、と主張する男。その後のことは――。知りません。
「先輩の話」
たとえ、現実にあった事だとて、話される時点で、既に幽霊のようなもの。

〈ひと〉の記憶など、曖昧なものだ。
すり替えられた記憶、誤認されたままの記憶。
そんな記憶のままに語るから、物語はぶつり、と音を立てて切れてしまうのだ。
イヤなことを、すり替える前の記憶を、思い出してしまったら。〈ひと〉は、記憶か正気を切り落とすしかないのか。
そんなことを、真正面から書いてしまう、京極さんって、怖ろしい人だ。

投げっぱなしホラーを喜んじゃって、ニヤニヤしながら結構ハイスピードで読んでたんだけど、「予感」の辺りで、飽きちゃって中だるみしちゃったんですよねぇ〜。廃屋のような家の話が、同じ説明の繰り返しに感じられて。しかも、最後に谷崎さんがどうなったのか、全然気にならなかった・・・。妄想したいという気になれなかったのである。

一番良かったのは、「庭のある家」かな。椿ばかりがつやつやと〈生きて〉いる庭。家にいるのは、生気を抜かれて枯れてしまったかのような友人。友人は、妹が死んだという。だが、友人が出かけると、その妹が現れる。死んでいるのは、誰なのだ。庭の椿が、落首のように、一斉に落ちる。友人も死んだのだ。もしや、自分もなのでは・・・という残響を孕んで終わる物語の、切り落としぶりが、潔い。

表紙の、薄墨紫にぼや〜っと白く浮かび上がるタイトル、黒くあるいは紫に、もやもやと存在する不穏な文字たち、いかにも〈冥=昏く蟠る闇〉のイメージにぴったり。
そして、中表紙の装丁も、金色の地に沈むのか生まれ出てくるのか、文字のようなものが曖昧にもやもやとそこに在り、物語の活字も、ひたひたと滴るかのような紫色の字体。
頁数の表示位置や章タイトルの場所も、そしてその文字の向きも、章ごとに違う。
この装丁全体の、居心地の悪さ。物語の据わりの悪さと相まって、なんとも言い難いざわざわとしたものが意識の中に侵入してくる。
怖くはない。怖ろしいとは思わない。
だが、不安を禁じ得ない。

(2010.10.25 読了)

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『冥談』 by 京極夏彦
記憶というのは美化されるものだという。 そして人間の脳はつらいこと苦しいこと、厭なことを消し、精神を正常に保つよう働く。 つまり健やかに快適に生き続けられるよう、そういったマイナスの記憶を排除するという保身術に長けている素晴らしい機能を持っており、京極氏の描く物語の「しかけ」にはそうした機能が巧みに取り込まれていることが多い。(なにしろしょっぱな、「姑獲鳥の夏」からして、だ) ...続きを見る
■空蝉草紙■
2010/10/28 10:40

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
コメントいただいておいてなかなかお返事できず申し訳有りません;;忙しくて読書量がた落ちです;;
「冥談」、前回よりも私は好きですね〜
はっきりしないのは相変わらずなんですけれど(笑)それでもちゃんと完結してる、話としては終わってるから不思議です。
そしておっしゃる通り、この紫がきいた表紙がまた何とも♪ こういうのは文庫になったときも生かして欲しいです。
空蝉
2010/10/28 10:39
空蝉さん、ありがとうございます(^^)。
いえいえ。お気になさらず〜♪
なんでしょうねぇ、このはっきりしなさは(笑)。
装丁そのほか、ぞわぞわとしますよね〜。
たいてい文庫化するときって、装丁が簡略化されちゃうんで、この雰囲気がどうなるのか、気になりますね・・・(^_^;)。
水無月・R
2010/10/28 23:00

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