『エンジェル エンジェル エンジェル』/梨木香歩 ○

寝たきりの祖母の夜間の世話を引き受けることで、熱帯魚を飼うことを許された、コウコ。水槽のヒートポンプの低振動音は、おばあちゃんの少女時代の思い出を呼び覚ましたようだ。コーヒー中毒症状緩和を狙って飼い始めた熱帯魚たちは、予想外の行動をとり、コウコとおばあちゃんの思い出を追い詰めていく。
不思議なファンタジー。だけど、何かが足りない・・・その足りないピースを探して、水無月・Rはまた、壁にぶち当たってしまった。

うぅ、『裏庭』の時と同じだ、多分。梨木香歩さんの物語の、突き詰める、痛さ。水無月・Rはそこから逃げている。自分を見詰めるのは、怖い。
物語は、よかった。◎でいいと思う。だけど、水無月・Rは物語の深層から逃げた。
だから、評価は○。評価の付け方、ヘンかな?

すみません。すごく、書きにくい。何を書いていいのかわからない。
『エンジェル エンジェル エンジェル』は、私にとって難しくて、なんだかつらい。困ったな・・・好きな作家さんなんだけどな・・・。

水無月・R的には。たった2か月でげっそり痩せて「おばあちゃんは天使みたい」と自分に言い聞かせるようにつぶやき、おばあちゃんが亡くなると号泣したママに、もうちょっとエピソードをつけて光を当ててあげたらよかったのに、と思うのはなんか変かな。(一番年代が近いから、明日は我が身だから・・・かも。)
本題である「モーター音で覚醒するおばあちゃんとコウコの現在の物語」&「おばあちゃんが過去を悔やむ物語」とはあまり関係がないと思うけど、でも。ママはおばあちゃんに何を感じてたんだろう。

おばあちゃんは少女時代、憧れていた同級生と先生の関係を誤解し嫉妬し、同級生の失敗を強く願った。その時、自分は天使の側ではなく悪魔の側についてしまったのだという後悔。普通に接する事すらできないまま別れてしまった彼女と孫のコウコを、混同しているのか、投影しているだけなのか。

周りに気を遣いすぎて、結局自分を責めさいなんでしまう弱さを持つコウコ。神経を落ち着かせるために必要、と飼い始めたエンゼルフィッシュがテトラフィッシュを襲い始め、最後までそれを見届けた時の、コウコの言葉。それは、おばあちゃんの悔恨につながり、それを許す言葉だった・・・。だから、おばあちゃんは安心して、眠るように亡くなったのだ。

おばあちゃんの少女時代の後悔の物語は、すごくつらいです。自分は、天使の側ではなく蝙蝠(こうもり)になってしまった。あんなに強い憧れが、一瞬にしてとてつもない敵意にすり替わる、感情の激しさ。現実とうまく向き合えていないようなコウコも、つらい。表面は優等生として頑張ってるんだけど、心の中は、共食いを始めた魚たちを分けずに見届ける犠牲を必要とするぐらい、何かに浸食されている。
おばあちゃんの思い出も、コウコの今の気持ちも、・・・痛い。

おばあちゃんの少女時代の物語になると、旧字体・旧かなづかいになるのが、すごく雰囲気が出てよかったと思います。

(2007.10.12 読了)

エンジェル・エンジェル・エンジェル (新潮文庫)

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この記事へのコメント

2007年10月14日 00:15
こんばんは。この作品は、確かにとっても痛いんですよね・・。わかります。それに対峙する強さが、私が梨木さんに憧れる理由の一つだと思います。うまく言えないんですが、この作品を読んで痛いと思われた、その気持ちで、もう十分なのではないでしょうか。それは逃げでも何でもなく、そう思う感受性があるということなのですから・・。そんな痛みを覚える人のために、物語というものは存在する、そう想います。その違和感は、そのまま心にしまっておかれたらどうでしょう。そんな物語の読み方もありますよ、きっと。そのうち、ふっと、物語の方から、水無月・Rさんに寄り添ってくれる日が、来ます。これは、経験上そう思います。
こうして、真っ直ぐ心の痛みを書かれる水無月・Rさんのこと、素敵だと思いますよ。
2007年10月14日 22:18
ERIさん、こんばんは(^^)。
そう言っていただけると、少し、気持ちが楽になります。ありがとうございます。
梨木さんの作品は、痛みと向き合う真摯さが、とても素敵だと思います。
これからも、自分にはまだ出来ないことですが、いつか出来るようになるといいな、と思いつつ、梨木作品を読んでいきたいと思います。
香桑
2007年11月22日 00:24
こんばんは。TBをよろしくお願いいたします。
水無月・Rさんの感想を読んで、思い出したことがあります。
私がこの本を知った数年前は、あらすじを読んで、読むのをやめたんです。痛すぎて、多分、読んだら落ち込む、と思ったので。梨木さんの「祖母と孫娘」の物語に食傷していたのもあるかもしれません。
しかし、『家守綺譚』『村田エフェンディ~』を読んで、梨木さんの作風の変化を感じ、やっと『エンジェル~』も読む気になりました。
多分、この本は痛みを伝える物語なのでは。それと同時に、ママには寄り添えなかった祖母の世界に、孫娘なら近づくことができた。そんな風に、自分にできなかった役割を誰かが果たしてくれているのかもしれないと教えてくれている気がします。
2007年11月22日 23:24
香桑さん、こんばんは(^^)。
TBの件、ご面倒をおかけしてしまって、すみません。

ママには寄り添えなかった世界・・・確かにそうなんでしょうね。でも、多分おばあちゃんのお世話をいちばんしていたのは、げっそりと瘠せてしまったママで、私の実家の母も10年以上2人の介護老人の世話をしてきて、そのとてつもない苦労を知っている私としては、ママに光を当ててほしかった・・・。我が子とだけ通じる、姑。他意はないのだけれど、そのやるせなさを思うと、苦しい思いです。
もちろん、そのママの代わりにコウコが寄り添うことで、おばあちゃんは安らかに眠れたのでしょう。
香桑
2007年11月23日 00:50
なんといいますか、母娘は近すぎて難しいときがあるような気がするのです。
『エンジェル~』ではさわちゃんとママの距離より、ママとコウコのほうに距離を感じました。さわちゃんとコウコの間に入れてもらえないママの孤独感や疲労感は、たまらなかったでしょうね。ママが泣くシーンは、コウコにママをよしよししてあげてもらいたかったです。

10年以上も続く介護では、身も心も疲れ果てるときもあったことでしょう。簡単にかける言葉が見つからないです。そのお母様を支える水無月・Rさんも苦しい思いをなさったこともあったのでは。
うちの実母も母の両親の介護で苦労をして、その記憶が真新しいうちは『エンジェル~』は読みたくなかったんです。

いつか、梨木さんが、母と娘の物語を描いてくれたらいいですね。今のところ、『マジョモリ』が、かなり母と娘よりな感じがしますが、それよりももう少し、ママと和解するような物語を。

水無月・Rさんの著者名INDEXでのリンクで、URLが200710のところを2007010になっています。それでページが見つからなかったのだと思います。
2007年11月23日 01:42
香桑さん、ご指摘ありがとうございます!
全然、気がついてなかったです、INDEXの間違い・・・お恥ずかしい(^_^;)。

確かに、コウコとママの間には、微妙な距離感がありましたね。2人ともに越え難い何かが。
母と娘は、なかなか難しいですね。同性であり、近すぎるが故の反発や、共感してしまうことへの苦しさや。でも、そういう物語こそ、梨木さんに描いてもらえたら、素晴しいんではないかと思いました。相当、痛い物語になるかもしれません。その時は、覚悟して読まねばならないかもしれませんね。

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