『雷の季節の終わりに』/恒川光太郎 ◎

これはいい作品だ~。なんだろう、こう、ひたひたと忍び寄ってくる、そこはかとない、怖さ。すぐ後ろに、闇がわだかまっている。今にも、「ひと」を呑み込もうと。いや、飲み込まれるのは人なのか。世界はすでに、呑み込まれているのではないか。彼岸と此岸の境は、曖昧だが、明らかにある。恒川光太郎さんは、常人には見えぬその境目が、見えているのではないか。
恒川さんの描く「異界」は、はっきりとした姿を持ち、明らかに私たちの暮らす現実世界とは違うのに、紙一重の場所で存在を密やかに主張する。
いざ、真のホラーの世界へ・・・。

『雷の季節の終わりに』、大変素晴らしい作品でした!何と言っても、世界観がいい。ファンタジーとしても、非常にしっかりした世界が展開され、その上で、忍び寄る恐怖というホラー。確かに日本のどこかと(あるいはどこにでも)繋がっていそうな、「穏」という土地。冬と春の間にある「雷季」とそれに関する不思議な風習。文章の間から立ち上る、美しい光景。人に憑く「風わいわい」、闇番、鬼衆、呪い師、そして少年と少女の成長。

あ~~、どれをとっても、水無月・Rの心を掴んで離さないんですよ。まず「異界」(西洋風のファンタジーワールドではなく)でしょ、その異界が現実世界とつながっていること、逆方向で彼岸と繋がっていること(そのことはちっとも怖くない)、憑きものがいて、数年を経た大掛かりな復讐劇、そして、主人公の孤独。文章から浮かび上がってくる、美しくも恐ろしい光景と、雰囲気。たまりませんね~、こういうのは。
『夜市』の時も、『秋の牢獄』の時も、この「侘び・寂び」のある、和製ホラーの世界を堪能しましたが、今回も非常に満足です。

現実世界と切り離され、平穏な日々の続く不思議な町、「穏」。そこに暮らす賢也は、数年前の「雷季」に姉を失った。その日以来、自分には「風わいわい」が憑いていることに気付いているが、周りにはそれを隠している。過去の記憶の曖昧な賢也は、実は下界から来た子供であった。眠れぬ夜、町のはずれにある墓町へ行き、闇番の大渡と知りあう。何度か大渡を訪ねるうちに、友達・穂高の兄・ナギヒサが、その友人・ヒナを殺したことを知る。その証拠を隠滅しようと墓町へ入った時、ナギヒサに襲われ、「風わいわい」の力を借りて撃退するが、穏から逃げ出さなくてはいけなくなる。追ってきた穂高と共に現実世界へ入り、そこで「風わいわい」の宿敵である元鬼衆・トバムネキと対決する。

サイドストーリーとして、トバムネキに誘拐され、いったんトバを殺し(トバは再生する)、穏に入って来る少女・茜の物語が挿入される。最初、その茜とその物語がどういう位置にいるのかがわからなくて、「???」だったのだけれど、物語が進むにつれ、茜が誰で、賢也との関係も分って来、そして道を外れた元鬼衆のトバとの戦いの後、本流と速やかに合流するその構成の上手さに息をのんだ。

少年、賢也と「風わいわい」の信頼関係も良い。トバは鎖で縛りつけなければならなかったけれど、賢也とは信頼関係で結びついていた。賢也の成長を見守る段階では全く姿を現さず、本当の危機にだけ現れ、導き、そして賢也の体を借りて、トバへの復讐を果たす。そして、賢也から離れ、遙か天空へと飛び去る。切れ味のいい物語として仕上がっていると思う。

最後に、賢也は「穏」と絶縁される。仕方なかったとはいえ、ナギヒサを殺した罪を見逃してもらうには、それしかないのか。それとも、「風わいわい」について知りすぎてしかったからか。狂った鬼衆・トバを永遠の再生の苦しみに落としたことは、評価されるのだろうか。
もう、姉とも穂高とも会えない。穂高は下界にまた会いに来ると言っているけれど。

~~かつて私を巻き込んだ大きな波は、ついに私を岸辺に打ち上げ、私の少年時代を攫うと、果てしない大洋へと引いていった。
新しい世界の情報が、雪崩のように私の中に押し寄せ、否応なしに私をまた別の何者かへと変質させていく。
~中略~遠き日の姉の言葉の通りに、やがては新しい季節が訪れる。~~
 (本文より引用)
少年は、成長し、孤独を知り、そして、変わっていく。幽かな寂しさを胸に抱きながら。それでも、季節はうつろう。時は過ぎ去ってゆく。雷の季節は、二度と来ないけれど。

あ~、美しいなぁ。寂寞とした、美しさだ~。感傷的になっちゃうよなぁ・・・。
ああ、いい物語の世界を彷徨った。そして、戻ってこれて良かった。物語は素晴らしいけれど、やはり現実世界がいい。
現実世界なら、いろんな物語の世界へ飛べるからね(^^)v。

(2008.02.21 読了)
雷の季節の終わりに
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著者:恒川光太郎出版社:角川書店/角川グループパブリッサイズ:単行本ページ数:305p発行年月:20


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この記事へのコメント

エビノート
2008年02月22日 23:07
恒川さんにはきっと見えているんでしょうね。彼岸と此岸の境目が。本当にそう思えちゃいます。
見えない私には物語という形で、異界をのぞかせてくれることに感謝感謝です。
冬と春の合間、雷の季節はもうすぐかな?とか、つい想像を膨らませちゃいます。
藍色
2008年02月23日 03:49
侘び寂びのある異界と、ミステリータッチやいろいろな分野が混じり合っていて、魅力的でしたね。
読んでいてすごく綺麗に絵が浮かんでくる作品でした。少年の成長物語としても読み応えがありました。
2008年02月23日 09:13
雰囲気のある作品を描かれますよね~まだデビューして間もないとは思えないほどに。今後の活躍も期待できそうです!あとこの世界を映像にしたものも見てみたい気がしますが、変にうすっぺらくなるのもイヤだし…いろいろ葛藤します。
2008年02月23日 22:42
>エビノートさん、ありがとうございます。
きっと春先に雷を聞いたら、この物語を思い出すのでしょうね。雷は「神鳴」、神の鉄槌の落ちる時、ひとはなす術もなく、異界に飲み込まれてしまうかもしれません。

>藍色さん、ありがとうございます。
文章から浮かび上がる雰囲気が、とても美しくて印象的でしたよね~。本当に、良い作品だな~と、思います。

>まみみさん、ありがとうございます。
そうなんですよね、これが2作目。とてもそうとは思えない力量。素晴らしいです。
・・・確かに映像化したら、とても素敵だと思いますが、難しいでしょうね。活字で、各自が自分の心に持つ郷愁を思い浮かべるからこそ、この物語はこんなにも、人を惹きつけるのかもしれません。
雪芽
2008年02月24日 17:35
こんばんは、水無月・Rさん!
一度惹きつけられると離れがたくなるのが恒川さんの作品ですね。いつまでもたゆたっていたい。怖いのに惹かれてしまう自分が怖くもありでした。
この美しい世界観を大事にこれからも作品を生み出していって欲しいです。
2008年02月24日 23:03
雪芽さん、ありがとうございます。
恒川さんの作品に流れる、静寂な怖ろしさと美しさ。
惹きつけられ、とり込まれ。いつまでもそこにいたいような、逃げだしたいような。
これだけ丁寧で、緻密な世界観を維持するのはとても大変だと思いますが、きっと恒川さんなら我々の予想の更に上をゆく、素晴しい幻想世界を描いてくれるのではないでしょうか。
とても楽しみですよネ♪
らぶほん
2008年02月25日 16:45
こんにちは。
恒川さんの作り上げる異空間に、読んでいるうちにどんどん取り込まれていくような感じのする作品でした。
どこか忘れてしまった古来よりの畏れが確かに息づいている雰囲気が好きで、作品が出るたびにどうしても手に取ってしまう作家さんです。
新しい作品を心待ちにしています。
june
2008年02月25日 21:37
恒川さんの世界すごいですよね。知らないはずなのになぜか知っている・・そんな不思議に懐かしいというか、自分の中に生きている世界のようなきがしてしまいます。
恒川さんの世界、すごくひかれます。帰ってこれる保証があれば行ってみたいなぁって思います。
june
2008年02月25日 22:38
すみません!TBし直しましたので、間違えたのは消しちゃってください。お手数をおかけして、本当に申し訳ありませんでした
2008年02月25日 23:33
>らぶほんさん、ありがとうございます。
恒川さんの描く世界には、どうしても惹き込まれてしまいますね。また新たな世界が広がることを、期待しています。

>juneさん、ありがとうございます。
怖ろしいことが起こるんだろうと思うけど、それでもその美しい世界に惹き込まれてみたい・・・そんな気がしますよネ♪
TBの件は、全然OKですよ~、お気になさらず(^^)。
2008年08月25日 14:14
こんにちは。
はぁ~堪能した~と深く息を吐きながら読了しました。作品から醸し出される雰囲気がたまりませんね~。
お勧めいただいた通りモロに私好みの作品でした。ありがとうございました!
2008年08月25日 22:05
すずなさん、ありがとうございます(^^)。
お好みにあいましたか!良かったです~。
幽玄でありながらもどこかにありそうな世界。そこに生きる人々。
丁寧に描かれるその物語、本当に素晴らしかったですよね。
恒川さんの描く異界の物語、ますます注目です。
yori
2014年03月13日 23:07
この作品のラストには何処か続編を期待させる余韻があって、きっと続編もしくはそれに類する作品が発表されると思ったのですが、どうなのでしょうか? 何にしても本作は僕にとってもお気に入りの一作となりました!!!
2014年03月14日 17:34
続編があったら、いいですね!
賢也は「穏」を出なければならなかったけど「穏」は存続するし、賢也のその後も気になります。
いつか、関連する作品が発表されるといいなぁ、と私も思っています。

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