『わたしたちが孤児だったころ』/カズオ・イシグロ △

なんだろう・・・この後半にかけての、ストーリーの欠落感は・・・。
本国イギリスで、発売直後ベストセラーになったそうなんですが・・・ちょっとそれには疑問が。確かに上海での少年時代を回想する、その思いを描いた部分なんて、とても美しく細やかに描かれているのだけれど。
大人になってからのことが、やたら省略されすぎている気がするのだ。それも、作者の意図なんだろうけど、私としては物足りない。
想像力が足りなさすぎるんだろうか・・・。

カズオ・イシグロさんといえば、日本と英国二つの文化を持って育ち、英国在住で英語で小説を書いている、日本でも読者の多い作家さんです。
『私を離さないで』など、抑えた筆致の中に日本人の情感に訴えかけるような美しい物語だと思います。
この『わたしたちが孤児だったころ』も、そんな美しい物語として始まるのですが・・・・。

少年時代を過ごした上海で、父母が相次いで失踪し、イギリスへの帰国を余儀なくされた主人公・クリストファー(愛称パフィン)。父母を探し出すのだという願望から、長じて探偵となり、いくつもの難事件を解決し、その地位を確立し。
20年の歳月を経て、満を持して上海に渡り、調査を開始するのだが、上海での英国人社会は中国と日本の対立に目をつぶり、他力本願にもクリストファーに現状の問題を解決することを期待しているようだ。クリストファーの調査は遅々として進まず、その間に再会した人妻と、すべてを捨てて逃亡することになったり、怪しげな情報を頼りに激戦区のとある家に父母が幽閉されていると思い込み、そこへ潜入し、出会った日本兵を幼馴染と思いこみ助けたり。結局、もちろん父母はおらず、中国側の有力者との面会が叶うが、実はその人物は幼いころの知り合いであり、父の失踪の真相と母の行方を教えてくれたのだが、それはクリストファーにとってひどく衝撃的な内容であった。
失意のうちに帰国し、さらに探偵業を続け、養女と共に、母が療養しているという香港を訪れるが、母を引き取ることはせず、イギリスに戻る。

上海時代の隣家の日本少年・アキラとの友情や、反アヘン運動をしていた母への憧憬など、少年時代の思い出はキラキラと輝いていたんですけどねぇ。なぜか、イギリスに入ってから「自分の記憶と他人から見た自分がずれている」とか「公式にどういう理由で上海へ渡って、何故それほどまでに他人に期待されたのか」とか「どう考えたって20年も父母が同じ家に幽閉され続けてるわけないのに」とか、色々とおかしなところがたくさん出てくるのですよ。訳者の解説によれば、「主人公の思い込みと客観的事実のギャップ」がシュールな世界へ読者をいざなう、ってことらしいのですが、どうも入り込めない。

それと、クリストファーが「逃げる性質」を持っていることにも、どうしても共感出来なかったのだ。父が失踪した為、アキラとの約束を守れず、なかなかそれを謝りにゆけなかったこと。父を救うという都合のいい妄想の探偵ごっこに興じていたこと、人妻との逃亡をなし崩しに決意してしまうこと、その約束すら根拠の薄い情報で反古にし、戦場で出会った日本兵を勝手にアキラと思いこみたがったり。
確かに、少年時代に父母を相次いで見失った「孤児」という立場には、同情する。そこから勉学にはげみ、探偵業を全うし、立派な紳士となったことも、評価する。
だが・・・自分だけが不幸だというような思い込み、記憶のすり替え、現実を直視できず他人に迷惑をかけてまで戦場に潜り込んでうろつくなど、読んでいてイラついてしまうのだ。

それでも、彼を支えたいと願う養女がいることは、彼にとって一つの救いなのだろうと思う。悪を打倒したいと心から願ってなった探偵だというのに、自分は何一つ巨悪を倒すことは出来なかった、という後悔も、たった一人には出来ることに限りがあり、小さな幸せを大事にすることも必要なのだという、そんな安らぎを与えてくれるような気がする。

あ~、何書いてるか分からなくなってきた・・・(-_-;)。
今回はちょっと、ハズしたかなぁ・・・と思います。残念。

(2008.11.14 読了)
わたしたちが孤児だったころ
楽天ブックス
著者:カズオ・イシグロ/入江真佐子出版社:早川書房サイズ:単行本ページ数:414p発行年月:2001


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