『丹生都比売』/梨木香歩 ○

壬申の乱前夜、そして乱に続く天皇家継承の悲劇を描いた、王朝ロマンである。
梨木香歩さんの作品は、ソコソコ読んでますが、珍しい傾向の作品だと思います。でも、どこかほかの作品ともつながるような・・・不思議な感覚です。

大海人皇子の皇子・草壁皇子は、父に従って吉野に下った時に、口のきけない不思議な少女・キサと出会い、銀色の勾玉をもらう。
父・大海人は、吉野の神である丹生都比売の加護を祈念しているが、実はまだそれは叶えられていない。
吉野は水銀の産地でもあり、水銀は再生をあらわし、『丹生都比売』は蘇りをつかさどる神であった。
文武に長けた異母兄・大津皇子に引け目を感じながら、わが身の虚弱を悔やむ草壁皇子。母である鵜野賛良皇女の激しい気性を垣間見ながらも、母を愛している草壁皇子。

草壁皇子はある日、凶鳥モマを追って、キサと共に吉野水銀の鉱山の坑道を下り、そこで水銀と戯れるキサの姿を知る。空へ舞い上がったキサを追って、モマであった鳥の背に乗った草壁皇子は知るのだ。キサは吉野の神仙の気であることを。
同じころ、必死に丹生都比売の加護を祈っていた大海人皇子の前に、神々しい姿の丹生都比売が顕現し、神門のかなたから草壁皇子が流されてくる。

丹生都比売の加護を得て、大海人皇子側は戦いに勝利し、都に凱旋する。大海人皇子は天皇として即位し、14年の政務の後崩御、その後を鵜野賛良皇女が継いで即位する。鵜野賛良皇女は大津皇子を処刑し、草壁皇子は立太子するものの病に侵されて命を散らす。

出来ごとの裏に、丹薬を用いて病を重くする「鬼」が何度か登場する。草壁皇子の夢で弟を死に追いやる娘、そして鵜野賛良皇女の治世に典薬寮から丹薬を盗む鬼、時を同じくして病を重くしてゆく草壁皇子。
それは鵜野賛良皇女の持つ心の影であり、苦悩であり、自らを苛む自分の分身でもあったのではないだろうか。

静かに、優しい表情のまま、息を引き取った草壁皇子。その手を取ったまま、号泣する鵜野賛良皇女。
彼女が、わが子に手をかけたのだとしたら、それは国の為。が、そのことを書かないことで余計に草壁皇子の悲劇性が、そしてこの時代の「どうすることもできない宿命」を際立たせていたような気がします。
丹薬を使う母を知っている。だが自分は母を愛しているし、母が自分のことも国のことも深く想っているのを知っている。だからこそ、安らかに旅立って行けた。少年の日々を過ごした、あの時に。

この時代のこと、水銀のこと、おぼろげな知識しかないのですが、それでも心に沁みる物語でした。
華やかさはなくても、静かな輝きをもって、美しく幻想的な世界を描き出していました。
草壁皇子は、母の中にある鬼に丹薬を盛られていたことを知りつつも、母の苦しみを理解し、受け入れていたのだと。

(2009.10.28 読了)

丹生都比売
原生林
梨木 香歩

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この記事へのコメント

香桑
2009年10月30日 12:13
こんにちは♪
この作品、私は梨木作品の中のターニングポイントだと感じています。
それまでの、「娘-(母)-祖母」の三世代関係で展開される物語が、ここで一旦、「子-母」の間で展開し、これ以降、物語は家族の中にとどまらずに展開されるようになっいっているんではないかと。
許しがたい母親をいかに許すか。そんな葛藤が切ない佳品です。
2009年10月30日 23:11
香桑さん、ありがとうございます(^^)。
梨木さんの作品を発表順に読んでないので、わからなかったことですが、関係性の広がりなんですね・・・!
母を受容するのは、実はとても難しいことだと思っています。思い乱れ、苦しみながら、それでも許し受け入れた草壁皇子が、非常に切なく哀しく、そして美しかったです。
エビノート
2009年11月04日 20:57
歴史の裏側にこんな母子の哀しい関係があったのか、と想像すると切なくなってしまう物語でしたね。
梨木さんの作品のなかでは目立たない方だと思うんですが、好きな作品のひとつです
2009年11月04日 21:58
エビノートさん、ありがとうございます(^^)。
偉大な両親に生まれた、心優しき普通の皇子の哀しい物語でした。
哀しいけれど、透き通るような想いの美しさが、すばらしかったですね。

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