『刻まれない明日』/三崎亜記 ◎

十年前、3095人が姿を消した。天災とも人災ともいわれ、詳細が明らかにされないまま過ぎ去ったこの十年、失われたはずの人々は、今はもう存在しない図書館から本を借り、ラジオ局にハガキを送る。この街は、失われた人々を悼みながら、その喪失感と共に生きてきた。
相変わらず、「設定ノート」が見たい作家さん№1ですよ、三崎亜記さん!

『失われた町』の時も、静かで美しい緻密な物語に圧倒されたのですが、本作『刻まれない明日』も、独特の世界観が確固としてありました。
『失われた町』では追いつけなかったその世界観に、今回は少し近づけたような気がします。
美しくて、痛ましくて、とても心に響く物語でした。何度も、泣いてしまいました。

序章「歩く人」
歩くことで「道路の概念の維持」を行う〈歩行技師〉と沙弓さんの出会い。沙弓さんは、この街の「あの事件」の、ただ一人の「消え残り」であった。思い出せない、事件以前の記憶。その記憶に近づきそうになると、発作を起こして倒れてしまう。人々が消失した場所は、「開発保留区」として、置き去りにされている。
〈歩行技師〉と共に街を歩き、さまざまな人々と出会った日々。沙弓さんはこの街で、彼を待つのではなく、自分の人生を歩き続けることを心に決める。
第一章「第五分館だより」
沙弓さんの学生時代の友人・藤森さんは、この街の図書館に勤めている。ある日藤森さんは、あるはずのない第五分館からの本の貸し出し記録に疑問を持つ。藤森さんは〈担当者〉と呼ばれる上司・西山係長と、「第五分館だより」を配る仕事をする。「第五分館」は、あの事件で人々が消失した場所にあり、未だ消失したはずの人々か本を借り続けているというのだ。
第二章「隔ての鐘」
10年前の事件で、父を失った少年・駿は聴こえるはずのない、消失したはずの鐘の音が聞こえる。その鐘の音の歪みを正すために西域から渡ってきた〈共鳴士〉の少女・鈴と共に、鐘の音や縁に導かれ、街のあちこちを訪ね歩く。そして祭の日に、鈴の古奏器の演奏にのって、「軀縛の舞」を舞うことになる。2人の音と舞は響き合い、その瞬間、失われた鐘は街に鳴り響いた。
第三章「紙ひこうき」
一人静かにこの街で暮らして3年目の坂口さん。マンションの屋上から紙飛行機を飛ばす女性・持田さんと知り合うが、彼女の左手は十年前に失われた夫と繋がれているから、動かないのだと言う。彼女の夫は、「あの場所」へ入る12番乗り場から出発するバスを運転していた。その最終便は今でも、遠くからライトが走り去る姿だけが見えるという。
第四章「飛蝶」
奏琴の奏者・宏至は、十年前の事件の頃、奏琴奏者の女性から「蝶」という曲を託される。彼女は昼間は街のあちこちに青い蝶の絵を描き、夜は奏琴を奏で、あの事件の後姿を見せていない。宏至が奏琴を弾いている時に現れた少女・若菜は、「あの場所」の小学校をたまたま欠席していて事件に巻き込まれなかったが、それを引け目に感じている。宏至の奏琴と若菜の歌・「蝶」がラジオで放送される。
第五章「光のしるべ」
余剰思念を管理している供給公社の職員・黒田さん。彼は、十年前この街の地下で起こった、気化思念漏出事故を食い止めるため現場に入り、その結果〈誰も顔を記憶出来ない〉という後遺症を負うことになった。十年前の事故の中和処理のため、気化思念プラントに入った黒田さんは、また同じ事故に会い、顔が認識できなくても黒田さんを慕っていた部下の梨田さんも同じ後遺症を負うことになる。プラントは分厚い隔壁で遮断され、開発保留区は新しい街として、生まれ変わる。
新たな序章「つながる道」
新しい街を歩くために、〈歩行技師〉の幡谷さんが、帰ってきた。幡谷さんは、その中心の〈ひかり大通り〉を歩き、各章の登場人物たちと出会う。彼らは、十年前の事件を心にとどめたまま、新しい一歩を踏み出している。この道が終わるところで、彼女は待っていてくれるだろうか。

あぁ~!!なんかもう、全然うまく書けないです。
別離の痛ましさに泣き、出会って結ばれて行く縁(えにし)の不思議な美しさに心奪われ、登場人物たちが深い想いを抱きながら新しい一歩を踏み出して幸せになっていく姿に安堵する。感傷的、というレベルを超えて上手く考えがまとまらない。

丁寧に描かれる、10年前の別れと残された人たちの感情、そして区切りに出会い結ばれていく縁。
別れを認めることの辛さ。それでも、少しずつ進んでいく、別れ。十年前の事件は、この街の人々の心を優しくとらえ続け、不思議な現象とともに、やっと新しい一歩を踏み出す勇気を与えてくれるのだ。
真実を隠され、保留され続けた十年。緩やかに、変わっていく関係。別離と再生と郷愁。

怖ろしいな、と思ったのが、「国家によるコントロール」で、事件を追及することなく悼むだけの日々を送ることに、何の疑念も持たないようになってしまうこと。国家が極秘裏に進める研究と実験。多くの犠牲者が出ても、真実をあかすことなく「処理」しようとするそのやり方。

〈西域〉から流れてきたものが暮らす〈異邦郭〉。〈居留地〉との交易。エキゾチックなイメージで描かれるその世界は、浮遊感に満ちている。

三崎さんはきっと、歩行技師の歩みの美しさや概念の固定という設定で、すべてのものに記憶があり、いつも見えなくて聞こえない何かを響かせている、それを文章化してるんだと思う。だからこそ、三崎さんの物語には、郷愁があるのだろう。

「七階撤去」「動物園」など、ほかの作品につながるキーワードもあちこちに散在し、『失われた町』にもつながり、消失現象への手がかりになるかもしれない物語。
あの消失を、止めることはできるのだろうか。

読了して得たのは、遠くまで旅をしてきたような、充実感。
忘れたくない、・・・忘れなくては生きてはいけない。でも生きている限り忘れられない。
けれども、それでいいのだ。
それぞれの想いを抱いて、それでも、人は生きてゆく。
だからこそ、世界は美しい。

個人的な、勝手な思い込みなんですが、章のタイトルページで「第○章」と「章タイトル」の間隔が、だんだん離れていくんですね。離れていかなくてはいけない街の人々と消えた人々・・・という感じがして、非常に心が痛かったです。だから、第五章「光のしるべ」で横に並んで、そして新たな序章「つながる道」で縦に並んでいるのに気付いたとき、とても嬉しかったです。

なんと、三崎作品の〈この国〉の地図を独自に作成された方がいらっしゃいます!
三崎作品を、より楽しめること、間違いなし♪本当に素晴らしいですよ!是非ご覧ください!!
ただし、たくさんの作品を網羅して作成された地図のため、本作だけでなく他作品のネタバレになる可能性があります。その旨、お気をつけくださいませ。
トドの部屋、Todo23さんの 三崎亜記の「この国」(地図&考察メモ)

(2010.02.16 読了)

刻まれない明日
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この記事へのコメント

2010年02月19日 00:24
こんばんは♪
「失われた町」のその後が、こんな静かな物語として生まれてきた事に感動しました。
失ってしまう痛みが、ゆるやかに生きていく証として変わっていくのが、切なくもあり、美しくもあり・・。
先日のハイチの大地震でも、たくさんの大切なものが失われてしまったんですよね。
水無月・Rさんの文章を読みながら、また、そんな事を想ってしまいました。三崎さんの物語は、いろんな事を考えさせてくれます。忘れていた事を思い出させてくれる。だから、懐かしいんでしょうかね・・。
2010年02月19日 22:48
ERIさん、ありがとうございます(^^)。
失われること、決別ではなく、それを抱きつつも新しい一歩を踏み出すこと。
美しく、切なく、痛ましいけれど、でも人は生き続けるのだ、という力強さを感じた作品でしたね。
ある日突然失われてしまう人々、それは誰にでも起こりうることなのだなぁ・・・と、切なくなり、そして登場人物たちの再生に温かい気持ちになりました。
雪芽
2010年02月22日 20:18
水無月・Rさん、こんばんは♪
お伺いするのが遅くなりすみません。
ちょっとだけ帰還しました。
ああ、もう、う~、なんてもどかしくせつないのでしょうか。
残された人たちの微かな希望の絆さえも失われていく、その頼りなさ、心許なさ。
静謐な流れに刻まれる見えない涙の調べが読むに辛くありましたが、明日に向かう足取りの確かさにすこしほっとするラストでした。
いつも私たちは何かを失って、何かを得る、その繰り返しのような気がします。
三崎さんの世界は不思議だけど和みもあるのが好きです。
2010年02月23日 23:07
雪芽さん、ありがとうございます(^^)。
いえいえ、お気になさらず。
今思い起こしても、胸の奥がじん・・・とするような、不思議な感覚がします。
痛ましく、美しく、悲しいけれど、未来に向かって歩いて行く力強さ・・・。
三崎さんの世界に親和できる心を、いつまでも持ち続けていたい、と思いました。
2010年03月04日 17:19
コメントがすっかり遅くなってしまって本当にすみませんm(__)m

三崎さんの独特の世界観に魅了された作品でした。私も「設定ノート」を覗いてみたいです!
切なさと優しさと力強さと、そしてこれからを生きていく希望と。読みながら、いろんな感情が湧きあがってくるお話でした。切ないながらも最後は笑顔で終われる物語で、ホントなんていっていいのか分からないんですが…良いお話を読んだな~という充実感に満たされました。
2010年03月04日 23:15
すずなさん、ありがとうございます(^^)。
そんな~、お気になさらず♪

そうですね、本当に満たされる物語でした。
つらくても、切なくても、それでも前を向いて歩いていく。幸せになるために。忘れないために。
美しい世界に、うっとりしました!
たかこ
2010年04月12日 16:48
第○章 と 章のタイトルが離れている?んですか?間隔が違う?
知らなかった~。しかも図書館の本、返しちゃった。確認したいよ~。
で、この話は良かったです。じんわり良さがしみてくる感じで、あとになるほど、沁みてきます。悲しいだけじゃなくて、前向きに生きるところがいつも以上に良かったです。
2010年04月12日 22:22
たかこさん、ありがとうございます(^^)。
そうなんです、だんだん離れていくことに気がついたとき、とても「痛ましい」という気持ちになりました。
もちろん、私の勝手な感想であって、実際に意図されてることとは違うかもしれないんですけど・・・。
ゆっくりと時間をかけて、思い出を大切にしながら、前に向かって生きていく、清々しくてとてもよかったですね。

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