『おはなしして子ちゃん』/藤野可織 〇

藤野可織さんを初めて読んだのが、なんと4年前。そんなに経ってたか。
いやあ、未だにあのインパクトは忘れられません(コンタクトの描写とかね)。そして本作『おはなしして子ちゃん』もまた、なかなかに印象的です。
割と私の好きな〈悪夢の中をぐるぐる回って、果てしなく堕ちていくような不穏さ〉が満載です。

幼児のたわごとのような、ふわふわとしたとらえどころのない物語が始まる。幼児のたわごとだから、辻褄が合わなかったり現実認識がおかしかったりするけど、あまり気にせず読み進める。
すると、いつの間にかたわごとは渦巻く悪意にすり替わっている…。
でも、その悪意はどす黒い沼ではなく、粘性のない液体がふくらはぎの辺りをひたひたと波打つかのよう。
簡単に抜け出られると思ってるけど、・・・ホントに?

いやはや、不穏ですなぁ(笑)。淡々と語られる中に、チラリチラリと仄見える偏執。
10編それぞれ全く違う物語だし、指し示す不穏さも個々に違います。共通するのは、〈悪夢の中を堕ちていくけど、そこは地獄ではなく妄想の中の幸せ〉という印象ですね。
ゾワゾワするわ~(笑)。
読みながら「私もこうやって堕ちたら、ラクかもなぁ・・・」って思って、はっと気づいてぶんぶんと頭を振ること数度。
いやいやいや!!堕ちたら多分、戻ってこれないから!!まだ現実生きよう?!

一番堕ちそうになった物語は、「美人は気合い」
私、こういう〈機械が心を持って・・・〉的な物語が好きなんですよ。
語り手の人工知能搭載の宇宙船は、自分はもう機能的におかしくなっているから、庇護対象の「それ」に対して教育を施すのだ…と言い、どんな姿になった「それ」に対しても「美しい」と言い続ける。いつかたどり着く、生命体が活動している惑星の生態系に「それ」が入り込み、生き抜いていけるために。
・・・切ない。宇宙船は、本来の使命を淡々と遂行することだけでなく、壊れていることを自覚しつつ、それ故に「それの教育」というイレギュラーな目標を持ってしまい、延々と宇宙を彷徨いながら、いつかたどり着いた星で「それ」と別れることを、或いは実はもう「それ」は干からびているのにそれを感知できないだけという状態かもしれないことを、知っている。
誠実でいることしかできない機械だからこそ、切ない。
その切なさの羅列に、引きずり込まれそうになりました。

「ピエタとトランジ」のピエタが哀悼の意味なのは知っていましたが、「トランジ」ってなんじゃらほい?と思ったので検索したら、「死体の腐食と崩壊のありさまをリアルに表現する図像」とありました。なるほどね・・・(^^;)。トランジの持つ「死を引き寄せる」性質を表してますなぁ。
しかし、これだけ次々に「事件になる死」が起きるよね~(^^;)。
でも、物語はその原因解明などしない。
ただ、最後にピエタが「いつまでもトランジといるために、殺されにくくなるよう「実践的な格闘術」を身に着ける」という行動に出てるところが妙に現実的で、逆におかしかったです。

「ホームパーティーはこれから」は、最初は読んでてイライラしたんですよ。
上っ面ばっかりの見栄っ張り女、しかも過去の栄光というか若さゆえの無敵状態だったことにすがってる姿が、苛立たしくて。
しかも準備中に寝ちゃって、チャイムで目が覚めたところで「何故せめて着替えしてから招き入れないの?」「なんでダンナを帰って来させないの?」という疑問がぐるぐる…。
ただ、途中からパーティーが肥大化して、妄想の範疇すら超えてしまって「ああもうこれは、しょうがないな(笑)」ってなりました。
〈堕ちていくその先は、地獄じゃなくて妄想中の幸せ〉の典型ですよ、これ。
後半は冷静に読めました。

不穏さの中に、現実を踏み越えてしまった幸せ(たぶん狂ってる)があるという、ライトな読み心地でした。
また、気力体力に余裕があるときに、藤野さんの作品を読もうと思います♪

(2018.08.31 読了)

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講談社文庫 藤野 可織 講談社オハナシシテコチャン フジノ カオリ 発行年月:2017年06月15日


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