『落陽』/朝井まかて 〇

身辺慌ただしい時期に、飛び飛びで読んだせいもあってか、どうにも集中できず、なんか申し訳ない気分になってしまいました(^^;)。
明治帝崩御により東京に神宮を造営するという壮大な事業を追う新聞記者の瀬尾を通して、「明治」という時代とその時代を作った「帝」と市井の人々に思いを馳せる物語。
朝井まかてさんが「明治」という時代の名残の光を丁寧に描いた、『落陽』

羽織ゴロとも呼ばれる三流新聞記者・瀬尾亮一は、明治帝の崩御に際して「時代」「それを支えた人々」を強く意識するようになる。
同僚の伊藤響子がつかんだ「東京に神宮造営」というネタに何故か心惹かれ、三流紙には似合わないと渋る社主であり編集長の武藤の許可を取り付け、使える記事にすべく奔走を始める。

神宮造営の物語でもあるけれど、どちらかというと主役は「明治という時代」であったように思いますね。さらに言えば「その時代の人々の心の支えとなった明治帝」を慮り、その心情を追う瀬尾の未だ記事にならない文章のための取材の一つ一つが、物語を形作っていた…と思います。

所属していた三流新聞社が倒産して、収入の当てもないままに京都へ行き、わずかな伝手しかない元宮中女官を連日訪ねる瀬尾から、彼の真摯な思いが伝わってきて、わずかでも彼の情熱が報われたらいいと願いました。
そして、元女官との会見が叶い、彼女の語る宮中のエピソードに求めていた情報とは少し違ったかもしれないけれど、また一ついずれ彼の描く文章の重要な下地となるものを得られた…と、なんとなく安堵しました。
最後の章で瀬尾が書いていると言った「掲載の当てのない記事」は、小説にしたらいいと思いますが、あの時代にそういう文章を小説として世に出せたかどうか…と考えると、難しいかもしれません。
でも、この『落陽』を読んだうえで、瀬尾の文章を読んでみたいと、思いました。

瀬尾の視点で語られる物語に挟まれる、語り手が誰かを明記しない「(青年)」「(郷愁)」の2章。
国を統べる唯一の存在として、重い責任を負い、諸外国との関係や国内の近代化や内患に憂い、己とは何者か、どうあるべきかを苦悩するその姿に、胸が痛みました。
立場として致し方ないとはいえ、いかに重圧の中にあっても泰然とした態度を維持し続けねばなならなかった、ただ一人の〈ひと〉の姿に思わず、安らかに眠れることを願わずにいられませんでした。

明治神宮は、何度か訪れたことがあります。あの森が人工だったことは当時は知らなかったのですが、立派な森林だったような気がします。ですが、150年をかけて完成される森だということは、まだその途中ということなんですよね。
献木によって作られた森、未だ完成の途上にあり・・・って、けっこうロマンです。今度上京した時に、行ってみようかという気になりました。

(2018.10.05 読了)
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