『エクソダス症候群』/宮内悠介 ◎

人類の他惑星への移住が始まり、開拓地としてまだまだ不便な状態にある火星。
とある事情で地球から故郷である火星の精神病院に転職した精神科医・カズキは、物資(薬や食品)も人手も足りない状況において病棟長を任されるが、病院内・市街地を問わず急激に集団発症するようになった『エクソダス症候群』の対処に追われることになる。
宮内悠介さんの描く世界は、非常に魅力的で、サスペンスに満ちていて、惹き込まれました。

近未来のディストピアを描いた『ヨハネスブルグの天使たち』と同様に、とても面白かったです。
私は精神医学については全くの門外漢なので、この作品のどこからどこまでが現実に即しているものなのかわからないし、精神病はAI診断と薬で制御できるようになった地球の精神医学の状況というものが、果たして可能かどうかも分かりませんが、宮内さんの描写の上手さで、するりとこの火星の精神病の状況に入り込むことが出来ました。

転職早々の病棟長任命、病棟間の権力争い、日和見主義の医院長、人手不足で疲弊しきっているスタッフたち、問題を起こす患者たちへの対応・・・、あらゆる困難を拙いながらも何とか乗り切っていたカズキだったが、ある日突然、病院内だけではなく市街地でも「ここではない何処かかへ逃亡したい」という妄想にかられる病状〈エクソダス症候群〉が集団発生。その患者たちを収容した病棟は「火星からの脱出」を要求する患者集団の立て籠もり組織と化し、医院長の命で交渉に行ったカズキは、裏で糸を引く〈ゾネンシュタイン最古の患者・チャーリー〉と対決する。

精神医学、神話、プログラミング、そしてカズキの過去、かつて病院内で行われていた「ロボトミー手術」の功罪、さまざまなエピソードが絡まり合い、複雑に関与しながらも、必死に状況を耐え抜いて行くカズキと協力者である同僚スタッフや患者たちによって、少しずつ状況鎮静化が図られる。

途中、「自分はサイコパスなのではないか」という疑いにカズキが揺れ動くシーンには、なんだか私も動揺してしまいました。まんまとチャーリーの罠にはまったと言えるかもしれません。

チャーリーの目論見を何とか打破し、立て籠もりの混乱を制したカズキたち。
物語の最後には、病院内会議で、病院改革及び行政や社会への介入が提案されます。
もちろん、すべてを遂行するには様々な困難があるし、カズキが地球の精神医学会にいられなくなった理由である、恋人の〈突発性希死念慮〉と〈エクソダス症候群〉との関連研究が進めば、また新しい精神医学の世界が広がり、更なる研究・治療が必要となるのではないかと感じました。

プロローグでは、画一化されAI診断のセカンドオピニオンに過ぎなかった精神科医学が更なる発展を遂げる、何故なら人間は変化し続ける生き物なのだから、というエピローグは、希望に満ちているように感じました。

難しかったけれど、事態は完全なる平穏に落ち着いたわけではないけれど、〈ひとの可能性〉というものへの希望が感じられるラスト、とても素晴らしかったと思います。

(2021.10.08 読了)





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