『追憶の烏』/阿部智里 ◎

阿部智里さんの〈八咫烏世界シリーズ〉第2部の2作目。
山神のための荘園・山内を治める八咫烏たちの世界で、その世界の衰退が確定されながら、なんとかそれを緩やかなものにできぬか、願わくば回避できぬものかと苦闘を続ける、〈真の金烏〉・奈月彦とその側近・雪哉、またその周囲の人々。
彼らの〈世界存続〉への崇高な戦いは、権謀術数渦巻く朝廷内の力関係に飲み込まれていく・・・。
前作『楽園の烏』で〈真の金烏〉・奈月彦が登場しなかったわけ、そして最後の方では〈雪哉〉が〈雪斎〉になった過程が表面上はさらっと描かれています。
最後の方では、もう切なくて切なくて、泣いてしまいました。
どうして、こんな事になってしまったのだろう。
タイトルの『追憶の烏』 とは、誰が何を追憶するのか。複数の意味を持つものだと思いました。

前皇后・紫雲の院の謀略により、未だ宮廷で暮らせていない皇后・浜木綿と姫宮・紫苑の宮。彼女たちが宮廷入りし、金鳥・奈月彦に新年の挨拶を奏上するという儀式から、物語は始まる。
日嗣の御子がいない状態をとやかく言う朝廷内に対し、奈月彦やその兄・長束、またのその側近たちは「姫宮を女金鳥に」と考え、根回しを進めようとしていた。
ところが、長束の母である紫雲の院は皇后の地位にあった頃から、生家・南家の当主をなんとしてでも黃烏(金烏の後見人)にするために、奈月彦を排そうとあくどい策略を繰り返してきており、その魔の手は常に姫宮近辺のみならず、奈月彦にまで及ぼうとしていた。
紫雲の院は、奈月彦と同腹の妹宮・藤浪の宮の憧憬の念すら利用する。
そして、奈月彦はその策に陥り、その結果、宮廷内には大混乱が生じる。
悲しみのうちに、金鳥の地位を承継し奈月彦の目指した〈山内の存続〉を進めようとしていた彼らの前に立ちはだかったのは、前金烏の隠し子・凪彦の後ろ盾にならんとする南家と東家であった。
錯乱する浜木綿、諌めようとする雪哉、奈月彦の遺言。
決定的に分かたれてしまった彼らがあまりにも切なくて、胸が痛んで、一旦、本を閉じてしまいました。

それでも、「この世界がどうなってしまうのか」が気になって、なんとか読み始めたそのラストは、とても悲しくて辛くて切なくて・・・どうか、この世界の烏たちが困難を乗り越えることができますようにと、願わくば少しの幸せでもいいから手に入れられますようにと、痛切に思いました。

この〈八咫烏世界シリーズ〉の主人公は、雪哉だったんですねぇ。
『楽園の烏』のレビューのときにも書いたんですけど、私の中では今でも彼は〈雪斎〉ではなく〈雪哉〉です。
最後に彼が選んだ道は、悲しかったです。でも、雪哉ならその道を選ばざるを得なかった。それも納得がいくのです。彼の中で、どんなに強い葛藤と苦渋と悔恨が渦巻こうとも、彼はあの世界を守ることを選んだ。
とはいえ、浜木綿たちが、彼女たちなりの道を選んだ理由もわかります。
何故、このふたつの道がともに進んでいける道になれなかったのか。
宗家と四家の思惑、彼らが守りたかったのは、この世界そのものよりも、自身たちの利益。彼らの中で〈山内の崩壊〉は、現実味が全くなかったわけではなかっただろうけれど、それよりも重視するものがあったのですね。
もし、雪哉たちの〈山内を守るための戦い〉に誤りがあったとしたら、その温度差を埋めていけなかったことなのでしょう。

これから〈雪斎〉として、雪哉がどのようにこの世界を守ろうと苦悩し苦闘するのか、想像するだけで胸が痛くなります。
それでも、私はこの物語を追い続けるでしょう。いつか、ささやかなことでいいから、雪哉が報われてほしい、そう願ってやみません。

物語の最後に、真赭の薄と澄尾の娘・澄生(すみき)が官吏登用試験を受け、雪哉と言葉を交わすシーンがありました。
澄生の言う〈万民の幸福〉に対する二人の思いの違いが切なく、それでも澄生の言う「目指すべきだと、考えております」に、未来への希望を感じました。彼女のこれからの活躍を、期待したいですね。

ところで、前作の「幽霊」が誰だったのか、わかっちゃいましたね。
ですが、彼女の狙いは「山内の崩壊」や内部分裂ではないように思います。彼女は彼女なりに、この世界をなんとかしたいと願って、はじめを山内に放り込んだのでしょう。その真意を読める日が来ることを願っています。

『追憶の烏』における、追憶とは。
雪哉の奈月彦への追憶。かつて共に生きてきた少年時代の友への追憶。奈月彦の世界への思い。浜木綿の思い。紫苑の宮の思い。
もっともっと、様々なものたちの、様々なものへの思いや追憶。
楽しかったこと、嬉しかったこと、辛かったこと、切なく思い返すこと、悔恨の情を噛みしめること・・・それでも、時は過ぎていくから、全てを飲み込んで進んでいかねばならないこと。
彼らに、いつか、一筋でもいいから、幸せの光が射しますように。

序章の「父」に「金鳥に必要な資質」を問われていたのは、誰だったのか。
私は、紫苑の宮だと思います。奈月彦は、折りにふれ紫苑の宮への金鳥教育をしながら、自分の歩む道を確認していたのでしょう。
そんな父の薫陶を受けてきた紫苑の宮、今後もこのシリーズに出てきてくれることでしょう。楽しみです。

(2021.11.12 読了)

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この記事へのコメント

苗坊
2021年11月13日 11:42
こんにちは。
読み終えた後呆然としてしまって、しばらく何もできませんでした…
そのくらい衝撃で辛すぎて哀しかったです。
前作で未来が分かっているので、嫌な予感はしていましたけど全部悪いほうへ行ってしまった気がします。
雪哉が雪斎となってしまった理由も分かりましたが、私も雪哉は雪哉のままです。
これから先も読んでいくのは正直辛いですが、それでも見守っていきたいです。
2021年11月13日 21:52
苗坊さん、ありがとうございます(^^)。
昨日読み終え、今日になってもふとした際に思い出しては「切ない・・・切なすぎる・・」とつぶやいてしまうほどの、衝撃の物語でした。
初登場当時は、あんなに可愛くてみんなに突き回されてた雪哉が・・・、オバチャン心を刺激して撫で回したかった雪哉が・・・、〈雪斎〉にならざるを得なかった。本当に辛かったです。
雪哉のこれからも気になるし、山内のことも、その外側の人間界との関わりの変化も、とても気になりますね。