『サクリファイス』/近藤史恵 ◎

全編にわたる、緊張感。絡み合うレース展開を駆け抜ける、自転車。
ロードレース・チームの中における、「エース」と「アシスト」の複雑な関係。
過去のレース中の事故の、辛辣な真相とは。そして再び起こった、死亡事故。
~~「勝利は、ひとりだけのものじゃないんだ」
~~ ぼくの勝利は、ぼくだけのものではない。~~ (本文より引用)

アンソロジー『Story Seller』に入ってる「プロトンの中の孤独」
を読んだ時に、絶対読みたい!と思っていた、近藤史恵さんの『サクリファイス』です。
レースの駆け引き、チーム内の思惑、各人の持つ感情や状況や過去。・・・ロードレースなんて言うとスポ根モノを想像するけど、全くそんなことなく。
どちらかと言うと、サスペンスおよびミステリーな展開で、ぐいぐいと引き込まれました。

「プロトンの中の孤独」でチーム・オッジのエースへの階段をのぼりはじめていた石尾が、今作では不動のエースとなり、チームに君臨している。主人公だった赤城も、石尾の最も信頼するアシストになっている。
今作の主人公・白石誓(チカ)は、オッジの2年目選手。オリンピックも狙えると言われた陸上選手だったが、トップを取るということに違和感を感じており、ある時TVで見た自転車ロードレースで「エース」「アシスト」の存在を知り、転向する。
チカと同期の伊庭は、かなりの実力の持ち主で、プライドも高いし計算高い。

所属した「チーム・オッジ」のエース・石尾には「エースを狙う後続を潰している」という噂が。それをチカに告げてくる男もチームメイトであり、チーム内には複雑な感情が渦巻いている。
エースを勝利させるために、レースの集団(プロトン)を引っ張り、かき乱し、そして最後に道を譲り渡す、アシスト。チカは、自分の本分はそこにある、一番しっくりする位置だという。
3年前に石尾と事故を起こした選手は下半身不随になり、ウィルチェア(車椅子)ラグビーの選手となっていた。彼はチカの元彼女、香乃を通じて、チカに警告してくる。
そのレースで、石尾は事故死する。
そして、赤城に聞かされたの事故の真実、エースの矜持と重圧、責任、・・・全ての真相。

嫉妬、羨望、陰謀と策略、廻らされる因縁と感情の糸。否応なしに巻き込まれるチカ。エースの座を守る、誇り高い石尾。アシストの献身も犠牲も乗り越えて、ロードレースという競技の中に厳然と存在する神聖な何かを守るために戦う、エース。

ツール・ド・フランスぐらいは知ってても、ほとんど知識がない、自転車ロードレースの世界。エースの勝利に尽くすアシストの心理など、理解できない。同じ競技に出て頂点を目指さないなんて、チームメイトとはいえ、他人に勝ちを譲るなんて、どうしてなのだ。実は、この物語を読了した今でも、そう思わなくもないのだ。
でも逆に、赤城やチカの「一番にゴールするより、自分より高いレベルにあるものがゴールに飛び込んでゆくのを、支え見送る喜び」「そのことに自由を感じる気持ち」も分かるような気がする。

そして「スピードの風を感じながら走ることの美しさや力強さ」と「ひとの醜い気持ちが引き起こした見るに堪えない事件の結末」の対比は、現実感があり怖ろしかった。
石尾の死の真相。石尾のエースとしてのプライドや覚悟、そして後続への真摯な強い思い。それを支えた赤城の引退。
全てを知った後も、海外へ移籍してアシストの役を全うするチカ。伊庭はオッズの新エースとなり。彼らが背負うものは、チームエースの勝利だけではない。今までも、これからも、自転車ロードレースに力を尽くすものとして。
サクリファイス(=犠牲)の上に成り立つ、走ることへの真摯な思い。

なんだか感想が難しいです。
石尾が起こした3年前の事故は、やりすぎな気がする。
そして今回の事件だって。他に方法はなかったのか。苦い思いでいっぱいになりながら、読み終えた。
もちろん、チカや伊庭が活躍する未来が描かれたことは、救いでしたが。

ただ、一つ言えるのは、素晴らしい物語であった、ということです。
2重3重に仕組まれる感情対立や、ロードレースの特異点である「エース」と「アシスト」の関係の複雑さ。技術と心理を駆使するレース展開。
全てを踏み越えて頂点に立つ者の、高潔な覚悟。
全編にわたる緊張感が、とても心地よかった。

(2008.09.04 読了)

サクリファイス
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著者:近藤史恵出版社:新潮社サイズ:単行本ページ数:245p発行年月:2007年08月この著者の新着


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