『傷痕』/桜庭一樹 ○

キング・オブ・ポップがこの世を去った。彼の歌声を聴かない日はないというぐらい、世の中に浸透し、熱心な平和活動などで名を馳せた、偉大なる男が。彼は11歳になる娘(だと言われる少女)と、銀座の廃小学校を改築した「楽園」に住んでいた。
最近の桜庭一樹さんの作風を、私は勝手に〈人生泥沼系〉と呼んでたんですが、本作はそんなことはなく、ちょっと安心。何せタイトルが『傷痕』だなんて不穏な単語だったんで・・・。

私はマイケル・ジャクソンについてあまり詳しくないんだけど、生前の彼を取り巻く出来事や、彼の死とその後のいろいろなことがモチーフになってるんだろうな、っていう程度のことはわかりました。
ただな~、「キング・オブ・ポップ」という名称がつくほどの大スターが、日本から生まれるか?とか、日本人のポップスターの死が、世界終末時計を進めるか?…ううむ~、想像がつかない。
まあ、あまり気にしてもどうかと思ったので、マイケル・ジャクソンのことはあまり考えないようにして読みました。

銀座の廃小学校、ってところでまず 『赤×ピンク』を思い出しました。もちろん、全然物語は違うんですけどね。
そんな一等地を個人が、本当に個人的な住宅及び行楽地として使うってアリなのかしらん。しかも空撮防止のために、特殊な赤外線でガードし、侵入者を防ぐために大量の警備員を雇う。大勢の子供たちを『楽園』に招待するのだが、彼らは中での出来事を口外しないという、守秘義務の契約書を書かされる。
派手なパフォーマンスで聴衆を引き付ける傍ら、平和運動への多大な助力、貧しい子供たちを遊園地を併設する自宅に招く、いつの間にか連れてきた幼子を自分の娘と言い、彼女のプライバシーを守るために外出時には大きな仮面をかぶらせる。
彼の行動は常に世間の注目を集め、話題となり、多くの人々が、彼に魅了されていた。
そんな彼を取り巻く人々が、彼について語る。
自分の成長とともに、彼をつかず離れず見つめ続けたサラリーマン。彼のスキャンダルを暴こうと追い続けた、イエロージャーナリスト。彼を虐待で訴えた少女。彼を支え続けた、同じミュージシャンの姉。彼の姉の運転手をしている女性。娘である〈傷痕〉。

いろいろな人が〈彼〉を語るけど、私的に一番印象的だったのは、イエロージャーナリストの滋田夏生。ひたすら、〈彼〉の有罪を求めて、執拗に関係者を追い回して取材をし、扇情的な記事を書き。だけど、〈彼〉の死を息子から聞いた時、一瞬にして虚脱する。いろいろなことを考え、だが〈楽園〉に侵入するために、再び立ち上がる。嫌な男だけど、芯が一本通っていて、だけど弱くて虚勢を張っている。アクは強いけれど、純粋な面もあり、なんか、非常に人間臭い。好きかといわれたら、好きではないけれど、印象的な人物であった。

彼らが語る〈彼〉は、偉大で、輝いていて、それでいて孤独だ。子供のころから芸能界を泳ぎ切ってきたため、子供らしい生活を送ることなく大人になり、「キング・オブ・ポップ」として人々に求められるがままに、疲弊した心身を虚像で隠して、ある日突然、世界から去った。
取り残された〈傷痕〉が、楽園を出て普通の子供として生きていくことを選んだことは、必然だったのかもしれないと思う。
そのために必要なことは、たぶん彼のファミリーがバックアップしてくれるだろう。ただ、彼女に「普通の子供」としての生活ができるかどうかは、分からない。今まで、その経験が全くないのだから。
でも、どうか、世間から見つかることなく、彼女が普通の子供として〈彼〉が送ることが出来なかった〈普通の人生〉を歩んでいってほしい、と思った。

作中で一度も名前を書かれなかった彼。彼は個人ではなく、シンボルだったのだと思う。傷痕には、シンボルではなく、個人としてのささやかな生活を送ってほしい、そう感じた。
そういう意味では、もうちょっと傷痕が語る章が長かったらいいのに、と思いました…。

(2012.04.07 読了)



傷痕/桜庭一樹
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著者桜庭一樹(著)出版社講談社発行年月2012年01月ISBN9784062174596ページ数33


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