『雲上雲下』/朝井まかて 〇

どこともわからぬ場所で、尾の短い子狐にせがまれて古今東西の物語を語る「草どん」。
物語の持つ「力」とその運命、希望の持てる終わりにホッとしました。
朝井まかてさんの語る『雲上雲下』すべての世界の物語、〈物語というものの奥深さと力強さ〉を再認識する読書となりました。

怪我をした子狐を助けた山姥も加わり、様々な物語が語られてゆく。
龍の子の物語、乙姫と亀と猿、経を上げる猫、田螺息子とその若嫁、山姥になった美しき娘・・・。
草どんや山姥が語る物語は、私たちが知っている民話と似ているものもあれば、途中からずいぶんと変化するものもあり、ついつい引き込まれてしまう。
語るうちに、草どんや子狐も物語の中に組み込まれていったり。

個人的に好きだったのは、「猫寺」ですね。和尚に可愛がられた猫が、夜な夜な袈裟を着て経を上げ、でもそれを和尚に言及されたら恥じて逃げ出してしまい、後々に恩返しする。袈裟を着て木魚を叩きみゃあみゃあお経をあげてる猫を想像したら、とっても和みました♪

ほのぼのと物語を楽しんでいた私たち読者を現実に引き戻したのは、語られた物語の存在たちを引き連れた子狐の母・玉藻前の、〈物語が語られなくなり、物語の存在が薄れていく。このままでは、物語たちの居場所はなくなってしまう〉という、言葉でした。
彼らは草どんに本来の名前「福耳彦命」を教え、〈自らの物語を取り戻し、共に物語だけの安穏な世界へ行こう〉といざなうが・・・。

草どんが思い出した、福耳彦命であった時の天界の記憶では、神々ですら「物語」を聞けばおのが輪郭をはっきりさせることが出来たという。
その物語を収集し、語る役目を担っていた福耳彦命だが、語る物語を失い、天から地に落ち、草になった。
長らくその姿で居続け、ある日子狐と巡り合い・・・この『雲上雲下』の物語となった。
現代では他の娯楽に取って代わられ語られなくなっていく物語、それでも「物語の力」はまだ生き抜いていけそうなラストに安心。〈物語〉は〈ひと〉に必要だと、希望が持てました。

私は、物語が好きです。物語を読み、味わうことで、日々を豊かにしていると、常々思っています。
物語が消えうせたら、生きていけないとは言い切れないけれど、生きていくのがとても辛くなるでしょうね。
雲の上の神々とこの世の人々を繋ぐ物語、失われることなく、ますます盛んになっていって欲しいものです。

(2019.08.21 読了)

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