『悪玉伝』/朝井まかて 〇

ううむ・・・。なんか、少々感想が難しいなぁ・・・。
本作『悪玉伝』は、実際に江戸時代に起きた「辰巳屋騒動」という、大阪の商家相続の争いを発端とし奉行所役人への収賄で御家人に死罪が言い渡されるに及ぶ、なかなかにセンセーショナルな大事件を描いたもの。
朝井まかてさんらしい爽快感はやや抑えめ、私的にはちょっと物足りなかったかなぁ。まあ、かの大岡越前もかかわった歴史上の事件が題材とあっては、史実を改変するわけにはいかないのでしょうけれど…。

兄の死後、実家へ出奔した本来の跡継ぎである養子・乙之助の代わりに「辰巳屋」の跡目を継ぐものの、当の乙之助から話し合いもないままいきなり大阪の奉行所へ訴え出られてしまった吉兵衛。
しかし、相続に関する書類をそろえ、各方面への入念な〈挨拶〉も怠らず、「相続は正当」との裁定が下る。
事はそれで終結したかと思えたが・・・、乙之助の実家・唐金屋が江戸の奉行所の目安箱に〈大阪での裁きに不服あり〉と出訴し、それが将軍・吉宗公の目に留まったことから、江戸での再裁定が決まってしまう。
大阪での派手な所業や〈挨拶〉が江戸では厳しい目を向けられ、厳しい詮議が続くも、吉兵衛は「身に覚えのないこと」として自白をせず、長い長い裁きを受ける中、大阪でも江戸でも吉兵衛の縁者によって賂を贈られた役人が多数発覚し、処断されていく。

大阪の奉行所での相続裁定が出るあたりまでは、なんだかフワフワとしてあまり緊迫感がなかったのですが、江戸へ拘引され、牢に入れられ、牢の中での立場を得るために頭と金を使い・・・となった辺りから、サスペンスとして盛り上がってきました。
大阪では「華やかな文人」として持ち上げられる所業も、江戸では「華美に走り、浮ついた性根の者」として悪評を受けてしまうこと。
唐金屋の背後に実は吉宗の意向があることなど、どんどん吉兵衛には不利な展開になっていきます。

そんな中で、偶然手に入れた牢名主の守り袋の中身が、唐金屋との秘密の取引を成就させ、吉兵衛は江戸払い・五機内構い(江戸及び近畿圏に足を踏み入れてはならない)という減刑を得て釈放される。
釈放された吉兵衛は、長崎で念願の弁財船を手に入れることとなり、向かう途中の敦賀で女房の瑠璃とも再会。
吉兵衛は、海へと自由へと、漕ぎ出していく・・・。

財産を失い、大阪にも戻れず、しかしながら弁財船を手に入れ、後妻の瑠璃とも再会し心許されるようになり・・・物語の終わり方としては希望見える結末と言った感じではありますが。
何か、物足りないんですよね。もっと、スカッとする逆転があったらなあ、と思ってしまうのですよ。
大阪での流儀が裏目裏目に出てしまうというのが、大阪在住10年になった私的にちょっと残念に感じてしまったのかしら(笑)。

牢の中での立場も金次第というのは知っていたことですが、しかしあまりに金離れがいいと(牢役人にとっていい金ヅルだとして)逆に牢から出られなくなってしまう、なんていうこともあるんですねぇ。
そして、牢名主と言っても権力が堅固なものではなく、ある日突然下克上されたり、体が弱れば立場を追われ死んでしまったりというのも、なんとなく予想は出来ても、その様子をあらためて描かれると、なんとも切実な話でした。

切実と言えば、大岡越前忠相ですね(笑)。
職務に熱心で家庭を顧みず妻から呆れられ、痔に悩み、鼻風邪がなかなか治らず・・・とても人間味がある。仕事ぶりはともかく、日常の方は何となく哀れな感じが漂うという、大岡越前のイメージから少しずれる感じが良かったです。

最後の方で、単なる商家の相続問題ではなく実は、貨幣改鋳による金と銀の価値の均衡をめざすお上の意向を活かすための取引材料だったのかも、という大岡越前の推察、どうなんでしょうねぇ。この辺は大岡越前の日記ではなく、朝井さんの創作のようですが。
もしそうなら、利用された「辰巳屋」及び処断された大阪奉行所や江戸奉行所の侍たちが、ちょっとかわいそうだなと思いますね。
そういう意味でも、ちょっと不完全燃焼でした。

ちなみに、タイトルの『悪玉伝』の〈悪玉〉は、吉兵衛であり、唐金屋であり、それだけではなく賄賂(挨拶?)を受け取った役人たちであり、役人たちにそれを贈った吉兵衛の仲間及び店の者たちであり、唐金屋が守りたかった秘密を禁じる者たちであり・・・と、様々な「見ようによっては悪」が暴かれた物語、誰しもが、悪玉であった・・・ってことなのでしょう。

(2019.09.30 読了)

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