『死国』/坂東眞砂子 ◎

いやもう何というか、坂東眞砂子さんだわ・・・。
四国という隔絶した土地柄の、遍路とはまた別の土俗信仰を描いた、非常にゾワゾワする作品でした。
だいたいね、『死国』ってタイトル、どうなの?!
四国=死国、ってのがしっくりきすぎてて、怖いんですよ・・・。
少女期の3年半高知に住んでて、3年半だけにもかかわらず多分私の根幹を作ってしまった、あの土地の物語が引っ掛かってしょうがないんですよね。そんな私が四国がらみの作品読んできた経験上、アリなんですよ、この設定・・・。

四国というのは、日本という国の中にありながら海で隔絶されており、しかも流刑地だったり八十八か所巡り(お遍路)があったりという聖俗や善悪が入り乱れる土地で、色々な怨念や因縁が渦巻いてるのですよ。
しかも高知(土佐)は、その4つの国の中でも太平洋の荒波と険しい四国山地で切り離され「鬼の棲む土地」と忌まれ・・・、というバックグラウンドを踏まえれば、そりゃ死者も蘇るかもしれないよ!!と思えてしまう、坂東さんの筆力の、凄まじさ・・・。

もう誰も住まなくなった祖母の家をどうするかを見にいくために、子供のころ住んでいた高知県の矢狗村へ戻って来た比奈子は、当時親友だった莎代里が中学3年の時に死んだと聞かされ、驚く。
同級生たちに誘われ同窓会に出席した比奈子は、当時好きだった莎代里の遠縁の文也と再会し好意を寄せあうが、2人の身の回りには怖ろしい現象が起こり始める。
生前、沙代里は文也に恋しており、態度には出すものの口には出さないまま、事故死。死んだはずの沙代里が、その現象を起こしているのか?

八十八か所巡りっていろいろ方法があって、1番からずっと通しで回る方法もあれば、何回にも分けて何年もかけて回っても良くて、徒歩が一番有難がられるけどバスでもタクシーでもよくて、一人でもツアーでもよくて。そして逆回りで巡る「逆打ち」もある。
本作では「死んだ年齢の数だけ逆打ちをすれば、その死者は蘇る」という言い伝えを信じて、娘・莎代里を蘇らせようとした執念の母・照子(口寄せ巫女)が、逆打ちを強行。その理由が「日浦の女系(巫女の血筋)を絶やしてはならぬ」という、強迫観念。
怖いわ~。死んだ娘に会いたい、生き返らせたい・・・という母性ではなく、たぶん「血筋」に対する執念でしょう、これ。

比奈子・莎代里・文也が子供の頃よく遊んでいた「神の谷」は、死者の国を封印した場所だった。
その封印を解こうとする照子と沙代里、そして逆に封印を維持しようと四国を巡って歩く男と彼が属する村があり、その修験者のような男たちが守るのは最も神に近い場所・石鎚山。
照子の所業で結界が緩み、莎代里の怨念で操られた文也が石鎚山に沙代里を連れて行ってしまい、聖地は穢され、神の谷では蘇った莎代里に翻弄される文也を何とか引き留めようと比奈子が奮闘し、一時は踏みとどまらせたかに見えたが・・・。
生者と死者の間で三角関係・・・、すさまじい執念のやり取り、怖ろしいわぁ。
生きていようが、死んでいようが、嫉妬と欲望とプライドが渦巻くラストシーン、とてつもない迫力でした。

莎代里はあちら側に帰ってしまったけれど、照子は「何度でも逆打ちすればええ」とか言ってましたねぇ。とんでもない執念だわ・・・。
ただね、これ、成就しない可能性高くないですかね?莎代里の執念は「文也を手に入れたい」だったと思うのですよ。日浦の血筋には、そんなに思い入れがあったようには感じられないのですよ。とすると、今回文也を手に入れてしまったので、もう現世に還っては来ないかも?
還って来たとしても、文也とセットじゃないと血筋云々はきっと、ねぇ。
・・・いやいやいや!そういうコトじゃないよね?何でリアルに置き換えてるの私!!
・・・というぐらい、妙に私の中で「物語の設定が現実になりかけ」てました。
坂東さん、怖ろしい方だわ・・・。

古事記の国生み描写と、比奈子と文也が石鎚山山頂で見た景色の描写のシンクロ・・・すっごく怖かったですよ。
ワタクシ、ちょっと神道系の学校に行ってたもんで、古事記の描写にはいろいろと思い入れというか親近感がありまして。
石鎚山の頂上に行ったら、あれが見れちゃうかもしれないのか・・・と、登山大ッ嫌いなんですけど、石鎚山行こうかしら・・・なんて一瞬思ってしまい、慌てて我に返りました。危ない危ない(笑)。

(2019.10.25 読了)

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