『姑の遺品整理は、迷惑です』/垣谷美雨 〇

ううう、身につまされすぎて、胃が痛いです、垣谷美雨さん(笑)。
いや、まだ現実には両親・義両親ともに健在ですが、いずれはたぶん・・・、我が身です。
『姑の遺品整理は、迷惑です』 は、急死した姑の住んでいた団地の3DKを引き払うために、その遺品整理をしなくてはならなくなってしまった望登子の奮闘物語。

最初の頃は、ひたすらため込み気質の姑を恨む望登子と一緒になって、「うっわ~、それはやってらんないわ~」と思っていました。
ていうか、望登子優しいわ~。偉いわ~。私だったら、その物量を見た途端、片付け業者いくつか呼んで相見積もりとりますわ。
もちろん、そのまえにざっと貴重品類を確保、ダンナに「手伝えないなら、何が必要かだけ言って。それから何か取って置くというならあなたのスペース内でね。リビングになんか置かないよ」と宣言、グズグズ言おうもんなら、「じゃあ私はやりません。あとはあなたが一人でコツコツどうぞ」って言うわ~。
・・・って言いたいところだけど、そうも行きませんね。たぶん。・・・はぁ。

ここ半年ぐらい、とある片付け業者のYouTube動画を見てるんですけどね、やっぱりプロはすごいですよ。ガンガン片付けながら、貴重品や写真などは取って置いてくれるし、ゴミの分別もちゃんとしてくれるし(回収してくれるし)、可能なら家具や電化製品を買い取りもしてくれるし。
それをみちゃったら、私は「自分で片付けられる物量」を見極めたうえで、頼んじゃうな。

まあ、この物語の趣旨は、どちらかというと「片付けながら、故人を偲ぶ」「片付けながら、故人を改めて知る」というところにあるんで、業者を頼んで後悔した人が出てきたりします。

とはいえ、物だらけ(使ってない食器やカバンなどが天袋に山ほど詰め込まれている)な3DKを一人で片付けるなんて、無理無理。
食品や日用品も山とあって、それを引き受けてくれる隣人、資源ごみやリサイクル品の処理を手伝ってくれる同じ団地の老人たちがいたから、望登子はとても恵まれていたんですよ。
まあ、その助けてくれた人たちは、姑に助けられた恩があったから、つまり姑の人望ゆえに・・・と言う意味では「迷惑な姑」ではなかったんでしょうね。

片付けながら姑にブツブツと文句を言い、自分の母は立つ鳥跡を濁さずで綺麗に片付けてから逝った、なんて思っていた望登子だけど、母の思い出の縁がなかなかないことに気付いて寂しくなったり、どちらがいいのかわかりませんねぇ。
基本的には、出来るだけ後始末はつけて、子供に負担をかけたくないというのが私のポリシーですけど、何でも準備しておけるかというと難しそうだし、こんな物語を読んじゃうと「我が子たちは私の思い出を必要とするのかしら」なんていう、そこはかとない淋しさを感じたりも・・。難しいものですね。

タイトルは結構過激ですが、「遺品整理」を通して故人を知ることが出来たり、実母の手帳をもらって少しずつ読んで行ったり、温かい終わりを迎えることが出来て、ほっこりできる物語でした。
望登子の夫も「なんでも取って置く」から「要るものを取捨選択」出来るようになったし、よかったですよね。

(2021.03.08 読了)


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