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zoom RSS 『アイ・アム I am. 』/菅浩江 ◎

<<   作成日時 : 2010/06/08 21:29   >>

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切なさの名手、菅浩江さんの作品はいつも、淋しい優しさに満ちている。個体としては確固として存在しながらも、〈ひと〉と〈機械〉の狭間で揺れるものたち。
『アイ・アム I am.』も、自分は機械なのか人間なのかを迷いながら、自らの存在を確かなものにしてゆく〈もの〉の物語。

看護ロボットとして目覚めたミキ。彼女を〈機械〉として扱う者、〈人間〉として扱う者、人でないものとして忌み嫌う者、人でないからこそ頼って来る者。
ミキ自身も、自分は人なのか機械なのか、その合間で思い悩みつつ、データベース内にある高度な知識と技術を活かして外科病棟・小児病棟・ホスピスでの看護に励む。そして自分の中に存在する〈感情〉のようなもの、目覚め以前の曖昧な記憶、小児患者から聞いた以前の看護ロボットの真実などに触れながら、〈人間の尊厳〉〈人間とは何なのか〉に迫ってゆく。

ミキを試作した院長と看護師長が隠している真実、機械に頼って生存している患者の気持ち、人としての理性をもたない新生児や痴呆患者への考え方のタブー・・・。
ミキの真実の姿とそうなった経緯がわかり、ミキが自分の存在を喜び、自己を肯定できたところで、物語は終わる。

温かい、淋しさ。優しく、緩やかな感情。自分の存在を消してしまいたかった過去、人の役に立つことで、感情の交流を経て、取り戻す自分自身。
言葉にするのが難しいのですが、ミキが人間か機械かを断ずることは、全く必要のないことなのだと思います。
以前、『カフェ・コッペリア』を読んだ時、人とロボット(AI)の境はあって欲しい・・・と私は書きました。ですが、菅さんの作品をいくつか読むうちに、AIが本当に自己学習機能と自我を持ち、人に対して対等にそして思いやりを持って存在するのならば、それはもう境のないものとして、尊重したい・・・という気持ちになりました。

作中に、病院長の言葉としてこんなものがあります。
〜〜自分の本質を知った瞬間、本質に見合う限界も我知らず判断してしまうんだよ。〜(中略)〜きみの自分探しは、だったらしかたがない、と気持ちよくあきらめるための自己欺瞞ではないだろうか〜〜 (本文より引用)
自分は、猿なのか機械なのか人なのか・・・と逡巡し、生きることを放棄したがったことを思い出し、だが〈幸せの貯金〉というものを知って、その悩みや焦りやあきらめを少しずつ、自分の中で昇華させていくことができたミキには、とても重く、重要な言葉だったと感じました。

人と機械の境目は、あるようでいて、ないのかもしれない。
<ひと>と〈機械〉が共存し、お互いを尊重し合うことが出来るような、そんな優しく暖かい未来が来るのなら。
〈ひと〉は、より幸せになれるのかもしれない。そう思って、少し涙目で本を閉じました。

(2010.06.07 読了)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです。菅さんだ、早速トラバしよう!と思ったら…なんと記事を書いていなかったことがわかり撃沈!不覚!!
私もこの作品、発売と同時に読みました。
涙が、出ました。
院長たちの「人間」の心と、ミキのココロが切なくて、優しすぎて、涙が止まらなかったのを覚えています。水無月Rさんの書評を拝見していたらもう一度読みたくなってきました(笑)
空蝉
2010/06/14 13:06
空蝉さん、ありがとうございます(^^)。
本当に、切なく温かい物語でした。
〈ひと〉と〈機械〉の共存出来る未来が、とても美しかったです。
水無月・R
2010/06/14 23:53

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