『眩』/朝井まかて ◎

葛飾北斎の娘・お栄(画号・應為)の、絵師としての人生を鮮やかに描く物語。
朝井まかてさんの描く主人公・お栄の気風の良さが、とても心地よかったです。
『眩』(くらら)というタイトルも、いい。
「絵」というものに魅せられ魅入られ、生涯を傾けて描いてきたお栄の「くらくらするような心持ち」を端的に表していると感じました。

葛飾北斎と言えば、江戸時代の浮世絵・肉筆画の第一人者ともいえる、庶民にも名の知れた絵師である。
その娘で同じく絵師のお栄は、北斎の絵の手伝いだけではなく工房の作業も担い、そしてお栄自身の画号での仕事依頼も来るほどの、腕の持ち主である。
当時、女絵師という存在がどれだけ珍しかったのかは分からないが、それでも有名な絵師は男ばかりなのを考えれば、稀有な存在だったのだろうとは思う。だが、男社会での女の苦労話はほとんど描かれず(まあ父親がかの北斎で、その工房で仕事をしていてしかも実力があるなら、とやかく言われることもあまりなかったかも?)、とにかくお栄の「絵」に対する真摯な思いが真っ直ぐに描かれていて、とても心惹かれました。

長年にわたる兄弟子・栄泉への秘めた気持ち、何かと騒動を起こし借金と心労ばかりを置いていく甥、日々の面倒ごと・・・、だが絵に向かえば、お栄はそれらを全部昇華できる。
彼女が絵の構想を練り、下書きをし、色とそれに必要な画材を選び用意し、慎重かつ大胆に絵を仕上げていく描写は、絵心の無い私にも見えてくるような、そんな生々しさがありましたね。
浮世絵や肉筆画の制作過程、色を出すための絵の具の材料やその加工法、絵を描くための素材の準備の仔細など、とても興味深かったです。あれだけの準備が必要な「絵」というものへ情熱を傾けるお栄が、眩しかったですね。

お栄から見た北斎の、絵に対する真摯さ、無邪気さ、貪欲さは、まさに偉大なる絵師ともいえるし、好きなものに真っ直ぐな純粋さを持っているともいえるし、魅力的でしたね。弟子一同(取引先である版元の人間ですら)北斎を「親父殿」と呼び、慕い、尊敬するのも、さもありなん。私も、とても親しみを持って、北斎の画業や生き方を読めました。

下町長屋を転々とし、そこここで「姐さん」と慕われるお栄の気風の良さは、自分への自信があるからなんでしょうかね。まあ、絵以外にこだわらないから、長屋のおかみさんたちともうまくやっていけたのかもしれませんが、お栄のさばさばとした性格は、下町の人たちに好かれたのではないでしょうか。
描いても描いても、父親の境地には未だ至れないながらも、〈自分の絵〉とは何か、どのように描いていくべきか、一人で悩むうちに光明が射すときもあれば、栄泉からの働きかけでふと目の前が開けることもある、才能のある人物の等身大の姿がすっきりと描かれていて、とても好感が持てました。

最後までモヤモヤしたのが、ろくでなしの甥・時太郎。幼少時の描写から、たぶんいわゆる「育てるのが難しい子供」の類なんだろうとは思うのですが、心の弱さから悪事に手を染め、しりぬぐいは北斎やお栄に被せ、最後には北斎の印章まで奪っていく。結局、時太郎の因果はまたお栄に持ち込まれたのだろう・・・と思うと、嫌な気持ちしか残らなかったです。勿論、物語に必要な存在だったというのは分かりますが、どうも好きになれないし、許しがたい・・・。

ところで、表紙の「吉原格子先之図」ですが、お栄の作品なんですよね。
西洋画の手法から陰影の使い方を自らのものとし、あえて顔が全部見えている遊女は一人きり、ほとんどの登場人物は見世の中を覗いているがゆえに後ろ向き、大胆に描かれたその絵は、とても現代的です。単行本帯に〈江戸のレンブラント〉とありましたが、まさにその印象深い絵で、それを構想するお栄の述懐を読みながら何度も表紙を眺めまわし、より深く鑑賞出来ました。できることなら、本物をいつか見ることが出来たら…と思わずにはいられませんでしたね。

夢中になって読了して、お栄の生きざまの潔さに、改めて深く息をつきました。
物語はお栄が六十歳となり、身を寄せていた弟・城十郎の家を出ることを決意し、筆一本を胸に歩き出すところで終わる。
彼女の晩年はどんなものになったのだろう、もちろん調べればわかることだけれど、清々しい想像が広がるいい終わり方だと思いました。

(2018.01.30 読了)

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この記事へのコメント

Todo23
2018年02月01日 16:33
少し前にNHKでドラマ化されてましたね。朝井さんの原作と知らずに見てしまいました。朝井さんは大好きな作家さんですし面白そうな作品ですが、映像で見たものを読むかどうか?ちょっと微妙です。
絵師ものといえば、昨年「ごんたくれ」西條奈加(著)を読みましたが、これもなかなか面白かったです。

http://www.geocities.jp/sea_lion23/index.html
2018年02月01日 23:34
Todo23さん、こんばんは(^^)!
私はドラマの方は見てないんですが、映像化するために端折られた部分も多いそうですよ。
朝井さんの描く女性の芯の強さ、矜持の高さは、とても素晴らしいと思います。
本作では、主人公・お栄の江戸っ子らしい気風の良さも、大変清々しかったです。
よろしければ、ドラマだけではなく原作の方もどうぞ♪

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