『みずうみ』/いしいじんじ ◎

ひそやかに水をたたえる、静かな『みずうみ』の物語。こういう、静謐な感じの漂う物語って、大好き・・・。
コポリ、コポリ・・・と、月に1度あふれ、村を潤す、みずうみ。村の家々には、水の眠りをただよう人が必ず1人ずついる。みずうみから水があふれる日、眠り続ける人も口から水を溢れあふれさせながら、様々なとりとめのない話を、語る。語り手・ぼくは一家の水汲みであり、不思議な生物・ジューイの世話係であり、後にみずうみに寄りそう鯉の家の旦那になる。ぼくの兄は、村でも類まれなほどの深い水の眠りにある人である。

そんな、幻想的なみずうみと村から、いしいしんじの物語が始まる。村に「新しい」商人が現れ、みずうみが溢れしばらくして鯉の家の鯉を持ち逃げするが、鯉はジューイによって取り戻される。その騒ぎの中、「眠り人」である兄が「新しい」商人の仲間である若い男に連れ去られた。安らかに眠る兄が発見された傍らには、山の中であるにもかかわらず、口から水を満ちあふれさせ溺れ死んだ男がいた。ぼくが次の旦那になった時、みずうみは枯れ始めた。村の人々を山から下ろし見送ったぼくは、「眠り」から覚めた眠り人たちとみずうみへ向かい、みずうみへと入っていく。

第1章で「みずうみ」の村の物語、その終わりを描いた後、一転して第2章はその「みずうみ」の村を出て町に降りたらしき、タクシー運転手の物語。この男も、月に1度、体内から水があふれ出す。男はただの村人ではなく、眠り人だったのだろうか。男のタクシーの乗客には、日によって大きな偏りがあった。男の出会う、いくつものキーワードは、第3章にも現れる。ある日、男は「懐かしい」声を聞き、タクシーの客はだんだんと「ふつう」になっていく。が、知り人の死を知り再びみずうみの呼ぶ幻想の中へ入り込む。みずうみの呼び声が響く中、白い顔の人を乗せ、夢幻の中を走り、現実へ向かって走り出す。

第3章では、作家の妻・園子が身ごもり、作家・慎二が自身から水を溢れさせ、作家の英訳者・ボニーがニューヨークで飼い猫を探し彷徨ううちに時間を超え湖にめぐりあい、英訳者の夫の俳優・ダニエルがキューバで鯉を持つ小児と出会い自身から水を溢れさせカンクンの地下水路でジューイに逢い、作家の妻が流産し。いくつもの状況が絡み合う。お互い引きあい、絡み合い、独立し、融合するエピソード。そこに秘かにしのばされる、第1章から連なるキーワード。

みずうみは胎内の羊水なのか。人々は生まれ、死に、再生し、また死に、連綿と続く人の生死の中に、みずうみは在るのか。月に1度、コポリ、コポリと溢れる水は、月に一度女人の胎に宿り、流れ消えていく卵子なのか。

あふれ、滔々と流れる水。生まれ、そして死に、宿り、流れ消えていく命。
~~アーイー、オーウ、オー、ウエー~~ と流れていく、みずうみの呼び声。
産まれいずる、赤ん坊。
巡りめぐり、みずうみに回帰する、すべての物語。

感想になっていませんね・・・。最近、ホントに水無月・Rの文章は訳がわからなくなってきてるな・・・。
人の体の60%は水で出来ているんでしたっけ。だからでしょうか。私は、あふれ・たゆたい・滔々と流れ・そして引いてゆく水に、こころ惹かれます。少女時代、最も水無月・Rに影響を及ぼした土地・高知でも、鏡川という大きな川の、潮の満ち引きで水位が変わるほどの河口付近に住み、今また潮の満ち引きで水位の変わる幅広い川のそばで生活し。水は、水無月・Rの中の「何か」を、揺らし続けています。その揺らし続けられる、「何か」に共鳴した物語でした。
幻想的で、美しく、物悲しい。しかし、暖かく、ひたされていくような。読んでいて、とても心穏やかになりました。

(2007.09.18 読了)

みずうみ
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著者:いしいしんじ出版社:河出書房新社サイズ:単行本ページ数:280p発行年月:2007年03月この


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