『きのうの世界』/恩田陸 ◎

―― 昔、こんなことを書いた気がする。
恩田陸は、しんしんと怖い」と。
本作『きのうの世界』は、しんしんと怖いというより、不穏だ・・・。
とにかく、不穏。
何かを隠して、忘れている町。一人の余所者がそこで殺され、そこから様々な謎が巡り廻り、不可思議な現象が起き、そして隠された町の真実が明らかになる。

2人称、3人称(彼・彼女・固有の名前)、色々な語られ方で、物語は進んでゆく。その展開の不確かさもまた、不穏である。不穏さは読者の不安につながり、謎を解かねば安心出来ない、と読み進めざるを得なくなる。
とある町に、余所者の男・市川が現れ、隣市の飛び地である中州の丘に住みつく。何故か相手の懐にするりと入りこむ人柄で、町の人々に色々なことを聞きまわり、土地の調査をし、そしてある日、水無月橋で殺される。
彼を追って現れた「あなた」は、彼の足跡を調べ、死んだ男にそっくりな弟と出会い、その末不審な死を迎える。
町には、黒い塔が3本ある。1本は壊れたまま、修復されていない。雨の強さによって流れの変わる水路が、町に張り巡らされている。町のシンボルのはずが誰にも気に留められない、そどころか普段は、ひそかに忌まれているかのような、塔。

町の人々は、何かを隠していたり、忘れていたり、町自体にも謎は多く、事の真相が見えてこないまま、行きつ戻りつしながらも物語が進行してゆく。不穏な空気が漂うまま。
何故、市川は失踪したのか。たどり着いたM町で何を探していたのか。そして、何故どうやって誰に、殺されたのか。

物語は「あなた」という2人称で始まる。あなたに語りかけているのかと思いきや、あなたの行動を語る第三者がいるらしい。そのあなたとは、読者なのかと幻惑されているうちに、M町で死んだ市川の調査を進めるあなた。始まりからして、不穏すぎる。

その不穏な空気が呼んだかのように、とてつもない嵐がやってくる。そして嵐のさなか、M町の真実が明らかにされる。読者の予想だにしない展開で。

あちこちに謎がちりばめられ、あるところで解明されることもあれば、物語が終わってもほっぽらかしのものもあったのだが、M町と住人達や調査者の断片的な物語の進行が、最後に怒涛の勢いで収束する鮮やかさが素晴らしかった。

とりあえず、殺人事件の現場が「水無月橋」とくれば、読まないで置いておくわけにはいくまい、水無月・Rよ(笑)。というのが、本作をリスト入りさせる発端でございました。でもあんまり水無月橋というネーミングはストーリーに関係がなかったような。しかも水無月橋の殺人事件の真相は、えぇぇ?!というほどの肩すかし(-_-;)。

他にも駅のステンドグラスの謎とか、嵐の前に3本目の塔に子供たちが結び付けた赤い糸は何だったのかとか、焚火好きの少年に訪れる「焚き火の神様」とは何だったのか、何故洋館は丘を見張れる位置あるのか。過去、子供が塔の内部に入り、とあるものを置いてきた記憶の意味は?
・・・など、解明されない謎を孕みつつも、一連の事柄は終結する。
でも~、色々気になるよう!解明してくれないんですか、恩田さん!!

気になりつつも、それでも物語の勢いにのみこまれ、ぐいぐいと読み進め、あのラストを迎えました。嵐を何とか過ぎ越したM町は、巧みに事実を隠してまた新たな塔を作るのか。或いはもう、真実を明らかにして、逆にそれを強みとして生きてゆくのか。それは描かれていません。でも、それでいいのだと思いました。

そして、読了してから英語タイトルの「ANOTHER YESTERDAY」の意味をもう一度考えて、愕然としました。
きのうの世界は、全く違った「きのう」かも知れない。
事の真相は、本当に物語られた通りとは、限らない。それぞれの理由と、偶然と必然が重なって、それぞれが見た真実は、他者から見たら真実とは言えないのでは。
だからこそ、解明されないまま取り残された謎が、あるのではないか?
今日という新しい世界は始まり、昨日とは決別し、全ては過ぎ去っているのだから。
誰にとってのフィクション或いはノンフィクションだったのか・・・それはもう、それぞれの主観にしか過ぎない物語だったのだと。

(2009.02.22 読了)

きのうの世界
講談社
恩田 陸


Amazonアソシエイト by ウェブリブログ


"『きのうの世界』/恩田陸 ◎" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント