『砂上』/桜木紫乃 〇

北海道の片隅で細々と生きている、作家志望の柊玲央。数年前に離婚した元夫からの慰謝料とビストロ勤務で、何とか生活をしている。
桜木紫乃さんの描く作家という者の業の物語『砂上』は、桜木さんの私小説ではないかと思うほどのリアルさをもって丹念に書き込まれる〈虚構〉の切実さが、狂おしい物語でした。

玲央の応募したエッセイ大賞を主宰する婦人誌の女性編集者・小川乙三(おとみ)が、ついで扱いで玲央を訪ねてきた。
乙三は、以前勤めていた出版社で、新人賞に応募した玲央の作品を読んでいたという。
彼女は「柊さん、あなた、なぜ小説を書くんですか」、と問いかけ、玲央の作品に共通するモチーフを練り直して、再度小説に仕上げてみないかという。乙三に「主体性がない」と言われた玲央は、何度も何度も文章を練りなおし、自分の半生と母親の人生をたどりながら描いた『砂上』は、そのたびに乙三に「客観性を持たせるために3人称で描くように」「書き手が傷つかない物語など、読者は求めていない」と修正を求められる。

〈物語を生み出すということはかようなまでに熾烈である〉という、身を切り刻み、過去をえぐり、更にそれを〈現実かと錯覚されるほどリアルな虚構〉へと落とす作業。
ただそれなりのものが書ける、というだけだった玲央が、乙三の指摘に応えるために母と妹(実は自分が産んだ娘)と自分を丹念に調べ上げ、その事実を熟成させていき、何度も何度も壁に当たりボロボロになりながらも、ひたすら前進していく姿。
それが明るく輝かしい未来ではなく、元夫からの慰謝料の減額そして消失、ビストロを解雇されること、自分の出生の秘密、妹が出生の秘密を知っていたこと、『砂上』は出版されてもその先は見えないことなど、希望はあるものの玲央の周りはまだ、ぬかるんだ湿地帯のような状態で、でも、それがリアルでいいと思いました。

玲央の〈状況〉は常に湿地帯のイメージだったのですが、玲央が作品のために色々なことを調べ突き詰めていく過程は、何故か乾燥していて、まさに『砂上』の出来事のようでした。物語の間に挟まれる作中作『砂上』もまた、手から零れ落ちる砂のような、そんなつかみどころのなさがあったように感じました。
北海道を離れ、知る人のない浜松の砂丘近くの助産院へ行き、密かに子どもを産んで母の子とする。そんなことも、感情的にならずに作品に落とし込める玲央の、冷めた性格がよく表れていました。
玲央の冷徹な視線があれば、今後の作品もきっと何度躓いても、読み応えのあるものとなるような気がしました。
一部しか読めなかった作中作だけでなく、今後の柊玲央の作品を読んでみたいと思いました。

妹(本当は娘)の美利もなかなかにクールな性格で、姉を「玲央」と呼び捨てし、母のこともあっさり「あの人は変わっていた」と語る。
母と娘、姉と妹、祖母と孫、3人の関係の距離感が絶妙。つかず離れず、相手の存在は受け入れつつも干渉はしない。それを寂しいとは感じないだけの強さがそれぞれに違う形である。
桜木作品に共通する女性像なのかもしれません(逆に男の存在感が薄く頼りにならないのも、共通項かも)。

しかし、編集者って、作品や作家の内面にここまで切り込むんですねぇ。
そして、確実に〈読まれる作品〉を書かせるだけの提案力と説得力がある(〈読まれる作品〉を分析できる能力もある)。
作家というものの業の物語だと書きましたが、編集者の業も感じましたね。乙三の物語も、読んでみたくなりました。
主体性がなかった玲央が主体性のある物語を書けるようになり、そんな彼女をどう育てていくか。編集者としての葛藤もきっとあると思うので。

(2019.06.30 読了)


"『砂上』/桜木紫乃 〇" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント